006 キャンディ





「あ、さと先生や」
廊下を歩いていたさとりは呼びかけの声のした病室をひょいと覗き込むと、満面の笑みの子どもたちがいた。
「さと先生」
「雄大くん、顔色良くなったね」
「うん」
にこにこと自分に手を振っている子どもの背後で、年長の子供たち数人、なにやら慌てた様子を隠しながら、ごそごそしている。さとりは一瞬そこに視線を向けたけれど、素知らぬ様子で年少の子供たちに声をかけていく。
「さくらちゃんは?」
「さくらちゃんのママとお散歩」
「そっか。英理子ちゃん、今日はお父さんが来る日やね?」
「うん」
にこやかに笑顔で答える英理子に、さとりは思わず聞いてしまった。
「………いつも一緒にいたい?」
英理子の長期入院で母親は弟と関西に暮らしながら、父親は単身赴任で東京で生活し、月に一度英理子を見舞いに来る。数日前から父親に渡す絵などを描いているのを知っていただけに、さとりは英理子が何かをラッピングするのを見ていた。
「うん。でも、お父さんは英理子や護のために、がんばってくれてはるから………わがまま、いわへんの」
幼い少女の、微笑ましく哀しい言葉にさとりは小さく頷いて、英理子の頭を軽く撫でて。
不意に目をとめた。
英理子がラッピングしている中身がちらりと見えた。
子ども好きしそうな………派手な色合いのキャンディの小袋。
「英理子ちゃん? その飴、どうしたの?」
「翔太くんがくれたの!」
ちらりと『翔太』をふりかえれば、さきほど何かを隠していた年長組のリーダー格の『翔太』が素知らぬ様子で病室を出て行こうとする。
「翔太〜?」
「うわ、ごめん。さと先生、かんにんしてや」
「………………まあ、いいわ」
「え?」
普段だったら、ひどくしかるのにさとりはもういつもの穏やかな『さと先生』に戻っていて。
「英理子ちゃんにあげたから、許してあげる」
「……………ほんま?」
「やけど」
さとりはずずいと翔太の顔を覗き込んで、満面の笑みで言った。
「次は、ないで」
「………………はい」
さとりが差し出した手に、載せられた飴の小袋。
さとりは微笑んだまま、そのまま翔太に返した。
「え?」
「今回は特別。みんなで分けて食べてえいよ」
「やった」



甘い、キャンディ。
今日だけは特別。
会いたい人に、会えるから。
1個分けてもらったキャンディを口に運びながら、さとりはナースステーションにかけられたカレンダーを見た。
嶋本の大阪帰りは、明々後日。
そこに実は秘められたサプライズがあることを、さとりだけが知らなかった。




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