007 新しい役目





『嶋本進次は、いいぞ。真田、お前におすすめなヒヨコだ』
豪快に笑う黒岩の言葉を、飲み会の席ということもあって話半分で聞いていた。
逸材だ、という。
何を以てして逸材なのかは聞かなかった。
だが、真田はたった一度、同じ訓練をしてみて、理解した。
嶋本進次は、自分にないものを持っている。
だからドラフト会議で迷うことなく、嶋本を指名した。
視界の隅で、黒岩が笑っているのが見えたけれど。



真田甚率いる、3隊に潜水担当として配属されて既に2週間。
当直もこなしたけれど、未だ出動はない。
「あ〜〜〜〜」
かすかな奇声を上げながら、嶋本は机に突っ伏する。
ここ2週間、救助要請のビープ音に体が反応するけれど、それは単なる電話であったり、来客だったり。
だからこの2週間の嶋本の仕事は書類を片付けることばかりになっていた。
「シマ、大丈夫?」
かぐわしい香りのコーヒーカップを受け取って、嶋本はうるうると高嶺を見上げた。
「高嶺さん」
「新人は書類の整理から入るものだよ。出動はそんなにしょっちゅうはかからないんだよ。出動しないにこしたことはないでしょ」
「……わかってはいるんですけど……」
嶋本は小さくため息を吐きながら、マグカップを口元に運んだ。
「あ、おいしいわ。これ、モカですか?」
真田にコーヒーを渡していた高嶺が驚いたように声をあげた。
「わかるの?」
「え、なんとなくですけど…」
モカのかすかな苦味と酸味。
コーヒーが大好きなさとりが、自分でブレンドしたコーヒーをよく嶋本に飲ませた結果か、嶋本はある程度のブレンドがわかるようになっていた。
人知れず、というより高嶺がアピールしない所為か、高嶺のコーヒーを飲む人間たちがあまりにも無頓着だった所為か、高嶺はそういえばそんな言葉すら聞いたことがなかったことに気づいて、思わず微笑んだ。
「モカ、というのはなんだ」
突然話に参加してきた真田に、嶋本の背筋が伸びる。
「コーヒーの種類ですよ」
「ほう。高嶺がいろいろなブレンドをしているのは知っていたが。今日のもそうなのか」
「インスタントコーヒーを出したことがないくらいは知ってたんですか?」
高嶺のかすかな嫌味を、しかし真田はさらりと受け流す。
「味はわかる」
「………」
思わぬ反撃に高嶺が苦笑すれば、背筋が伸びたままの嶋本が言う。
「あの、それっておいしいって意味ですか?」
「え?」
実は嫌味の応酬だと思えば、嶋本は違うという。驚いて真田を見れば、真田は小さく頷いて、
「……そうだ」
「あの、隊長。わかりにくすぎます。ちゃんと言わんと」
初めて見る嶋本の抗議に、高嶺も真田も驚いた。それに嶋本も気づいたのか、わずかに俯きながら謝る。
「すんません…」
「謝ることはない」
「というより、よく隊長の言いたいことがわかったね」
見たことのない高嶺の驚いた様子に、少し顔を上げた嶋本が控えめに笑う。
「なんとなく、ですけど」
「いや、当たっている」
少しだけ真田の声が大きいのは、やはり真田も驚いているのだと理解して高嶺も言う。
「じゃあ、シマには隊長翻訳機をお願いしないといけないね」
「え?」
「そうだな」
「は?」



こうして、嶋本には潜水担当だけでなく、もうひとつ役目が増えた。
真田隊長専用通訳。
のちに嶋本からそのことを聞かされて、さとりが翌日筋肉痛になるほど笑い転げたことを、3隊の誰もが知らない。




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