012 渡された指輪





こんな形でもらうなんて。
さとりは思わず、左手の薬指を撫でた。
あの日、乗り気でない嶋本を連れてさとりが行ったのは、嶋本の実家だった。先日、勘違いとはいえ夕食を準備してくれた嶋本の母に謝りたかったさとりだったが、嶋本は突然母親に告白したのだ。
『おかん、俺、さとりに結婚申しこんだから。さとりもええて』
『え、ほんま? ほんまの話なん?』
嶋本の背の低さと、表情がくるくるとよく動く様子は母親譲りだろう。満面の笑みで、母親は嶋本の背中に平手をぱしりと打ち込んで、
『息子、よおやった! 大金星!』
『………あほか、大金星って』
『なんや、逆玉の輿言うた方がええん?』
『なおさら悪いわ!』
さとりは親子漫才をほほえましく見つめながら、母親に頭を下げた。
『これからも、よろしくお願いします』
母親も力強く頷いて、大きな声でさとりに返した。
『こちらこそ、さとりちゃんよろしゅうに! 進次を頼みます』
『なんや、俺は保育園児か』



頼まれているお土産があると、京都までさとりの運転で走り、土産を確保して一安心の嶋本を京都駅まで送る途中に、嶋本が切り出した。
『あんな、さとり』
『ん〜?』
『無理、せんでえいからな』
『え?』
突然の言葉に、さとりは理解できず思わず聞き返した。
『なに?』
『結婚のことや。どうせお前のことやから、がんばって、無理して、大阪離れて、俺んところに転がり込もうとか考えてるんやろうけど、お前は医者で、俺は海保や。で、お互いに仕事のことは大事にしてん』
『………そう、だね』
『逃げ場になってもええ、言うたんはそういう意味とちゃうねんで』
『わかってる』
『やけど、俺はお前と一生一緒にいたいんや。だから結婚してくれ言うた』
『………』
『お前は答えをくれたけど……考えたないけど、変更も可、にしとくわ』
さとりが驚いて、ちらりと嶋本の横顔を見れば。
嶋本はにへらと笑って。
『ま、お前はちゃんと自分に納得できる答えを見つける、て俺は思うてるからな。俺のプロポーズを断ったりせえへん』
『すごい、自信』
あたりまえやろ。と嶋本は胸を張り、その口元に笑みを浮かべて言った。
『離れとっても、俺はお前のことを好きやから、お前も俺のこと、好きに決まってる』
この絶大な自信はどこから来るのだろう。
気にはなったけれど、さとりはあえて追求せず。
『まあ、俺も考えるけど、むしろこれはお前が考えて、動かないかんやろな。だから、がんばれ』
『うん……』
新幹線のプラットフォームで、嶋本は満面の笑みで。
『さとり、おおきにな』
『ん?』
『お前が指輪、受け取ってくれて。俺、ほんまにうれしいんや。また……東京、遊びに来いや』
『うん』



渡された指輪は正方形にカットされたダイヤモンドが7つちりばめられていて、少し太めの指輪に不規則に配置されている。
さとりの左手薬指に、最初からそこにあるべきもののようにするりとおさまる。
まだ真新しいそれを、さとりは右手の親指で数回撫でて。
「まったく、すごい難題おしつけてくれちゃって」
逃げ込める場所であり、逃げつづけることを許さない場所。
それでも愛していると、自分も愛されていると絶大な自信を持って、笑いかける婚約者。
さとりは小さく微笑んで、もう一度指輪を撫でて、ため息を吐き出した。
「あたしも、決めんといけないことがいっぱいあるなぁ………」




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