013 無敵な彼女の思い出





「機長、お待たせしました! えっと、中村藤吉の生茶ゼリィでしたよね。どうぞ」
「あら、ホントに買ってきてくれたのね」
満足そうに五十嵐は嶋本から紙袋を受け取って、ちらりと嶋本を見つめた。
「シマ」
「はい?」
「なんか、いいことあったの?」
「え? いや、たいしたことじゃないです〜、あ、そうや。機長、さとり、じゃなかった氷野先生から伝言です。今度は風月堂の限定ゴーフルを送りますから、待っといてくださいって」
「悪いわね」
さらりと断りを入れれば、嶋本は満面の笑みで。
「いいえ〜、お安い御用です」
五十嵐がなんだか納得いかない様子で、席を立てばちょうど真田も資機材倉庫に向かう様子で。
「真田くん。シマ、なんだか浮かれてない?」
「ああ。俺もそう思っていたところだ。大阪でいいことでもあったのか」
静かな物言いに、五十嵐は口元に手を持っていき、自らのふくよかな唇を軽く押していたが、すぐに口元が表情を得る。真田は黙ってそれを見て、小さく言った。
「何を思いついた?」
「ん? そうね、多分シマのご機嫌さんは氷野先生が原因かなぁ」
さすが小児科医は、お子様をおとなしくする方法を知っているわね。
いつもなら五十嵐の毒舌を聞き流す真田が珍しく、五十嵐に聞き返す。
「氷野先生というのは、この前イガさんが言っていた、嶋本の」
「あら、知らないの? フルネームはなんて言ったかな……そう、氷野さとりだったわね。京阪大学付属病院で小児科医をしてる先生よ。あそこは5管御用達なの。関空基地に一番近い救急病院なのよね。前に嶋本に聞いたら、同僚が担ぎこまれたときに知り合ったって言っていたわね。何でも小児科医の救急医って珍しいみたいよ」
「………そうなのか」



『氷野先生? 物好き、ですね』
帰ってきた答えに、五十嵐はいっそう苦笑する。
『ほんとに。自分でもどうしてこうも物好きなのか、わからないですけど。とりあえず、周りからはありえない組み合わせだって言われてますけどね』
『自覚はされてるんですね』
『ええ。自覚してますよ。でも、他人がどう思うかじゃなくて、自分と相手がどう思うかでしょうね』



「氷野先生が誰とつきあってるかなんて、最初知らなくてね」
「?」
ぽつりとつぶやいた五十嵐の言葉に、真田が首をかしげた。
「イガさん?」
「……でも、この人なら、この人とつきあってる男は幸せだなと思えたわよ。氷野先生って優しくて、まっすぐで、それでいて強い人だったから。真田くん」
五十嵐が顔をあげて、真田に微笑む。
かつて、保大の制服に身を包んだ少女が、同じように幼かった真田に向けていた同じ微笑で。
「きっと、氷野先生だったらシマを大切にしてくれると思うよ」
「そう、か……」
一瞬ついと顔を背けて、再び真田に向けられた表情に、かつての幼さは見えず。
幾分ニヒルな微笑を口角に宿して、五十嵐は言う。
「ま、一度並べてみてみたら? すっごく反応に困るから」
「ん?」
「見てみれば、わかるわよ。じゃあね」
ひらひらと手を振って、航空基地に帰っていく五十嵐の背中を見送って真田は小首をかしげた。
嶋本と『氷野先生』を並べる?
どういう意味だろう?
その時、特殊救難基地の出入り口から嶋本が顔を出した。
「たいちょ、お土産食べませんか〜、高嶺さんがコーヒー入れてくれるって!」
「ああ、今行く」
とりあえずは、五十嵐がわざわざ名指したお土産を食してみようと気分に駆られて。
急ぎではない資機材の整理を後回しにして、真田は基地に向かった。




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