022 つながって





静かに歩いたつもりだったけれど、嶋本はそれがさとりであるとすぐに気づいた。
だが振り返らず、小さな声で言った。
「ごめんな、さとり」
「………ん?」
「なんや、巻き込んだみたいになって」
嶋本の言いたいことが理解できず、さとりは数回瞬きして。
嶋本の隣に座りながら、微苦笑する。
「巻きこむって、ずいぶん他人みたいな言い方」
「………そっか」
「うん」
しばしの沈黙のあと、嶋本が口を開いた。
「さとり」
「ん?」
「……曽田さんの病気、そんなにあかんのか?」
「……………」
『もしですけど、氷野先生。嶋本が俺の病気のこと、聞いてきたら素直にぜ〜んぶ、教えてやってください。それが俺のためでもあるし、何よりシマのためだから』
最後にそう言って、別れた嶋本の優しい同僚。
彼は今、何を思っているのだろう。
一瞬そう思ったけれど、さとりは口を開いた。
「完治はする…方法はあるんだけどね。でも、一生症状が起きてしまう人もいる。正常な状態ではないから、正直言って、手が出しづらい。医者としていえるのは、安静にしておいて…ぐらいしか」
「……わけわからん、病気やな」
「ごめん、それ以上はわかってないから」
『あ、でも先生。あいつには、絶対あれについては言わんといてください』
曽田から告げられたもうひとつの『真実』を、さとりは言わなかった。
言えなかった。
その病気を発症したのが、あのプレジャーボート事故での負傷が原因だったとは。
さとりと嶋本が出会った事故であり、
曽田が嶋本のミスで怪我の状態を悪くしたことなど。
「さとり」
「ん?」
「俺、決めたわ」
すっくと立ち上がった小さな恋人を見上げて、さとりは静かに問う。
「何が?」
「俺、呉に行って潜水士になる。それから、トッキュー隊に行って、曽田さんの夢を果たす。決めたんや」
「そう」
「2ヶ月くらい、留守にするけど……えいか?」
さとりは苦笑しながら、立ち尽くす恋人の顔が巡視船のライトで照らし出されているのを見た。
「止めても、いくでしょ」
「まあ、な」
「じゃあ」
さとりはゆっくりと立ち上がり、嶋本を見た。
そして言う。
「いってらっしゃい」
「おう」
「途中で遊びに行くよ」
「……呉は何にもないで?」
「うん。進次がいるから」
さらりと告げられた惚気に、嶋本は満面の笑みを浮かべて頷いた。
「おうよ、いつでも来い」



『やけどな、先生。俺、すっごく悔しいんです。トッキュー隊行って、潜水士になったあいつと一緒にレスキュー、したかったんです』
今となってはかなえられない、夢。
そして、思い。
曽田はさとりの双眸をまっすぐに見詰めて。
『だからあいつには、潜水士になって、トッキュー隊に行ってほしいんです。俺の代わりとかじゃなくて。きっと、あいつならトッキュー隊でもやっていける』



「トッキュー隊」
「あ?」
口にしたその響きに、さとりは小さく微笑んで。
「トッキュー隊って、進次が目指してるのだよね?」
「ああ、そや。羽田特殊救難隊いうのがフルネームや。俺は、あそこに行く」
ついと顔を上げて、嶋本が見上げたのはネオンでほとんど見えない星空。
「トッキュー隊、で。俺はレスキュー、したいんや」



かなえられなかった夢は、こうしてつながっていく。




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