さとりが携帯を開けば、1件のメール着信。
とったで!
その一言。
さとりは微笑んだ。
つらかった。
精神的に、肉体的に限界にまで追い詰められた。
辞めたいと、もらした同期もいた。
それでも互いを励ましあい、全員そろって潜水士資格を取得出来た。
そして、今日、そろって保大を後にする。
「嶋、氷野さんによろしくな」
「ああ…って、なんでお前に」
「いいじゃん。お前の彼女くらいしか、呉に顔出さんかったんやからなぁ」
にひゃにひゃと笑う筋肉の壁に、一瞬感慨を持っていた自分が情けなくなり、嶋本は細い眉をぴりりと上げて。
「くぉら、ええかげんにせんかい!!! さとりはお前らのおもちゃとちゃうで!!!」
「へえ」
「じゃあ、嶋のおもちゃなんか?」
「ちゃうわ」
さらりと反された惚気に、15人の上体が揺れた。
「あいつはおもちゃどころか、俺の宝ものや」
がっくりと項垂れた15人は、視線だけで互いの意思を交換した。
すなわち。
「じゃあな、横浜来る時は連絡しろよ〜」
「おう。北海道もだぞ〜」
三々五々に散っていく一同に、嶋本が怒声を浴びせたけれど誰もこたえず。
ただバディをつとめた結城だけがしばらく進んでふりかえり、声をあげた。
「嶋」
「あ?」
「また、会おうな」
「……おう」
車窓に映る、自分の顔。
たった40日前、呉駅に降り立ったときと、プラットフォームにいる今の顔。
違うように見えるのは気のせいだろうか。
少しだけ、成長したような気がするのは、気のせいだろうか。
そのとき、携帯がメールの着信音を鳴らした。
嶋本はゆっくりと携帯を開いて、思わず笑顔になる。
新大阪に何時着?
迎えに行くよ。
空気音に続いて、一斉に新幹線のドアが開いた。
そこからサラリーマンやキャリーバッグを持った中年女性…老若男女があふれ出た。
さとりは黙然と見つめていたけれど、やがて穏やかに微笑んだ。
きょろきょろとあたりを見回す嶋本が、さとりに気づいて表情を変えた。
「さとり」
「おかえり」
「おう」
にままと笑ってみせて。
嶋本が少し顎を上げて、さとりの顔を覗き込む。
「ん?」
「いや、俺……なんか、変わってへんか?」
「んん?」
さとりは嶋本の顔を覗き込み、双眸を覗き込み、そしてゆっくりと言った。
「ごめん、わかんない」
「……まあ、目に見えた変化、言うほどのことはないんやけどな」
幾分残念そうな嶋本をさとりは微笑みながら見やって。
「ね、ご飯は?」
「まだや」
「そう。じゃあ、うちでご飯準備してきてるから。お祝いだけど…お家の方は」
さとりが言うのは、嶋本の実家のことだ。
嶋本は鼻で笑って。
「あほ言うな。呉に行くことも、出張や言うてるだけや。さとりが飯、作ったんか?」
「うん」
「よっしゃ、気合入れて食うぞ!」
嬉しそうな嶋本の横顔を15センチ上から見下ろして、さとりは思う。
嶋本の、どこが変わったんだろう、と。