033 無敵な彼女の叱責





「まったく、どうすればこういうことになるんだか」
ぴしゃりと切り捨てられて、嶋本は言葉を飲み込んだ。
「反省しないまま、次に進めば同じことを繰り返すわよ」
反撃の余地も与えられそうにない。
嶋本はきつい叱責を受けながら、何度なく頭を下げ、大きな声で謝り続け。
「おいおい、イガ。その辺にしとけ。聞いてるこっちの耳からタコがわく」
「田所さんはそれでいいかもしれませんが、同じミスを繰り返されるこちらの身になって考えようとおつもりはないですか?」
「ないね」
断言されて、しかし五十嵐は引き下がらない。
「そうですか。ですが、私は間違っていることを言っているとは思えませんので」
「まったく、ああいえばこういう。どっかの宗教家みたいになってるぞ」
せっかくの美人が、台無し?
告げられた言葉に、しかし五十嵐は動揺すら見せず、鼻で笑う。
「この際、自分の容姿は関係ないでしょう?」
五十嵐の言葉に、だがいつもは飄々としている田所が珍しく言い返す。
「喩えの話をしてるんだよ。そこまでにしとけ。五十嵐のやってるのは、お前が一番嫌いな新人いじめにしか見えないぞ」
「………」
瞠目する五十嵐は、思わずその場に立ち尽くす。
だが、そこには田所と嶋本以外、誰もいなかった。
重くなった雰囲気を交わすために、嶋本が再び声をあげた。
「すんませんでした!」
「おう。今日はもういいや。帰れ帰れ」
ひらひらと手を振られて、嶋本は最敬礼をして部屋から出て行こうとして。
もう一度五十嵐を見上げる。
険しい表情の五十嵐に、嶋本は恐る恐る声をかけた。
「あの…五十嵐さん」
「なに」
「……あの、自分はまだまだ至らない点ばかりですけど。こんなミスをしてしまいますけど」
嶋本は、自分より少しだけ背の高い五十嵐を見上げながら胸を張った。
「どうか、間違うた時は言うてください。いっぱい反省して、次からはせんように気いつけますから!」
失礼しました!
扉の向こうに嶋本が姿を消して。
田所が思わず苦笑する。
「なんだかちいさいなりに、細やかな心遣い、言うんかな?」
「……田所さん」
「おう?」
「自分は、間違ってますか」
「いや?」
ぎしりと古い事務椅子を軋ませて、田所は立ち上がった。
「間違うてないと思うぞ。けどな、五十嵐。俺たちが新米にしたやることは、ミスを叱りつけることだけじゃないだろ。あいつらが二度とボカしないように、導いてやることだって必要じゃねえのか」
「……ええ」
「まあ、何回も間違えるなよ! とは言いたいときもあるけどな」
田所が肩をすくめて言った。
「だけど、イガ。あの船に今度来る潜水班班長はなかなか、うまいぞ。俺も見習わないとな」
「え?」
鷹野班長の後釜が決まったことは聞いていたけれど、具体的な人事は何一つ聞こえてこなかった。
第5管区最大の巡視船の潜水班長である。それなりの経験と優秀さが求められるはずだ。
誰だろう。
田所はにやりと笑って。
「お前は知らないかもな。古藤嘉治、特救隊で10年以上やってきて先週まで特救隊で隊長やってたやつだよ。こいつはなかなか」
田所は五十嵐に一癖も二癖もありそうな微笑をなげかけて、
「やるぞ。こいつは、すごいやつだ」
「………」
古藤、嘉治。
五十嵐はその名前を心に刻むことにした。




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