034 新しい場所





辞令書を敬礼して受け取る古藤の隣で、5管本部の堂本救難課長が少しだけ微笑みながら見つめていた。



「お前は、本当に現場が好きなんだな」
「困ったもんですよ。こんなことしてるから、女房に逃げられるんですよね」
あははと笑う古藤の広い背中を、堂本課長が力いっぱい叩いた。
「あほ」
「はあ」
「特救隊では6人一チームやったな」
「ええ」
少し猫背だが、精一杯背を伸ばしながら歩いている堂本課長の後ろ姿を見ながら、古藤は応える。
「じゃあ」
猫背のまま、振り返り。
堂本が言った。
「じゃあ、いきなり倍やな」
「倍? ……って、そんなに人数いるんですか?」
「あたりまえや。5管で一番の巡視船で、救難強化指定船や。ほんでもって、鷹野が…鷹野が、手えかけて育てた精鋭ばっかりやで」
胸を張る堂本に、古藤は小さく言った。
「……一般業務に差し支えるやろ、そんなにおったら……」
「とはいえ。とはいえ、やな」
堂本は深く深くため息をついて。
「お前やったらわかるとは思うけど、人数、多すぎるんも問題なんだよな」
「ええ」
「やからなぁ……特救隊みたいに、少数精鋭にしたいんや」
「……………」
意図が見えた。
古藤は内心だけでため息を吐いて、顔にはわずかに笑みを浮かべながら言った。
「善処、します」
「そうか」



桟橋に立てば、淀んだ潮のにおいがわずかにした。
すぐ脇には観光名所になっているタワー。
どうやら写生に来た様子の小学生が教師に引率されている姿が遠くに見えて、古藤は眦を緩めた。
しかしすぐに脇に停泊する巡視船を見上げて、眦は自然に上がる。
ここが、新しい場所。
海難に立ち向かうための、古藤の武器であり、居場所だった。
不意に古藤はかつての部下の言葉を思い出す。
特救隊に入隊して以降、一度も救助に失敗していない、卓越した体力と技術を持った、そして『特殊救難隊』であることを驕ることなど古藤の知る限り一度もなかった、部下。



特救隊でなくても、救助はできますよね。
否定なのかもしれないですが。
救助は、救助ですから。



そうだ、真田。
救助の現場は特救隊でなくても、向かい合わなくてはいけない。
俺は、俺が得た技術と経験を少しでも、のちに伝えたい。
だから、ここを希望した。
ここが、俺の、新しい場所だ。




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