035 のれんをくぐると





改札口を抜ければ、喧騒の中で手を振っている嶋本の姿が見えた。
さとりはみつけた安心感で微笑んで、嶋本に駆け寄った。
「お待たせ」
「ほんまや。寒かったで」
言葉とは裏腹にけららと笑ってみせて、嶋本が腕を差し出した。
「ひやいで。手えつないで行こか」
「うん」



12月に入れば、街並みは一気にクリスマスカラーに染まる。
望むと望まざるとに関わらず、日本人はクリスマス商戦に巻き込まれる。
嶋本も巻き込まれていた。とはいえ嶋本の場合は望んで、だが。
「う〜ん……」
「進次、何見てるの?」
「いや、なんでもあらへん」
暖かい昼光色に包まれたショーウインドウを一緒になって覗き込もうとするさとりをあわててさえぎりながら、嶋本はわたわたと両手を動かし。
「な、なんでもあらへん! あ、あのケーキ、おいしそうやな〜」
あたふたと視線を外させようとするのが目に見えて、さとりは内心で笑いをこらえながら、あえて嶋本の誘導に乗った。



「お?」
「あらら、ここもいっぱいなのね」
微苦笑するさとりの顔を覗き込み、嶋本が両手を合わせる。
「すまん、予約しとくんやったわ」
「ええよ。仕方ないよ。でもおなか空いたから、どっかで食べたいね」
さりげない抗議だった。
珍しく外食しようという話になって、神戸の街中に出てきたものの、どこもここも金曜日の夜ということもあって、待ち時間を告げられる。嶋本は思わずうなってしまう。
「どうしよか」
「う〜ん、進次の行きつけのお店でいいんじゃない? ほら、前に南京町のあたりにあるって言ってたじゃない」
「そりゃあるけど」
恋人がデートコースで使用するような小洒落たようなレストランではない。一瞬迷った嶋本だったが、自分の腹が抗議するように音を立てたのをきいたさとりがにっこりと笑ったのを見て、決めた。
「よし、しゃあないわ。行くで、さとり」
「うん」



中華なべとお玉のこすれる音。
何かが急激に沸騰する音。
いかにも「中華料理店」の雰囲気の店に、嶋本は迷うことなく進み、暖簾を上げて声をかけた。威勢のいい声で答えが返ってきて、嶋本はさとりを手招きする。
「奥へあがってえいみたいや」
「いいの?」
嶋本が笑顔でさとりの手を引いた。



のれんをくぐると、店員が声をかけてくれた。
「隊長さん、奥に嶋本さん、来てはりますよ」
これと一緒に。
小指を立ててにまにまと笑う。
古藤も微苦笑する。
「わざわざ?」
「背の高い美人でしたわ〜」
この店は、味も量も『海保好み』で、潜水班の飲み会でも、普段の食事でもよく使われる。単身の古藤も、よく食事しに来るのだ。だから店員も古藤の顔をよく知っている。
「奥、上がってええですよ。嶋本さんたちとは反対側、空いてますから」
「ああ」
入り口で手馴れたようにオーダーして、古藤は奥へ進んだ。途中の廊下、トイレから出てくるところで、背の高い女性が出てきてぶつかりそうになったので、あわてて謝る。
「すいません」
「いいえ」
穏やかに返された声と。
不意に見上げた顔に、なんだか既知感があったけれど、それ以上は思い出せず、奥に進めば、背の高い女性も手をミニタオルで拭きながらついてくる。
なんとなくそれが、店員の言っていた「背の高い美人」な気がしたが。
奥の座敷に上がろうとしたとき、どこかで携帯電話が鳴り始め、一人の男性が立ち上がった。
そして古藤の背後で、古藤が靴を脱ぐのを待っていた女性に向かって言った。
「さとり、電話……あ、古藤隊長……」
わざわざ見つかるつもりなんて、なかったのに。
少しばかり緊張した面持ちの、嶋本があわてて頭を下げるのを見ながら、古藤は思わず苦笑してしまった。




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