太平洋上で仕事以外でやれることといえば。
嶋本にとっては、筋トレぐらいしか思いつかなかったのだ。
航海日誌を記して、古藤は小さくため息を吐いた。
船上勤務になって3ヶ月。
海難出動はたった2度。
古藤は潜るまでもなく、水面に浮かんだ要救助者を数名の潜水士が引き上げる程度ですんだ。
後部甲板に向かう通路に出れば、誰かの声が聞こえた。
低い、声。
何かをカウントしている。
古藤は微苦笑して、声が聞こえる後部甲板に向かった。
今日の海は一段と凪いでいた。
停泊している巡視船はそれほど揺れを感じない。
「98、99、ひゃ〜く!!」
大きく息を吐いて、嶋本はゆっくりと座り込んだ。
息を吐けば、あがった体温と気温の差で、ほんわりと白さが広がる。
その時、携帯電話がメールの着信を知らせた。
今ごろどこかな?
気をつけてね〜。
いつも些細なこと。
いつも日常のこと。
さとりはそんなメールを送ってくる。
だがそんな些細さが、嶋本には必要なことをさとりは理解していた。
同じような、『非日常な場面』に遭遇することが多いから。
だから、『日常』を忘れないようにするために。
それがさとりの思いであり、否、さとり自身のためでもあった。
「なんや、こりゃ」
添付された写真に思わず笑う。
久しぶりに作ったショートケーキがまったくふくらんでいない。
「ケーキやないで、ビスケットやんか」
くすくすと笑っていた嶋本の視界を遮るように、ふわりと何かがかけられた。慌ててそれをどかそうとすれば。
「嶋本、風邪を引く。メールの前にシャワーだ」
穏やかな古藤の声に、思わず飛び上がった。
「た、隊長!」
「ほら。どうせ相手はさとりちゃんだろ? なんなら俺が代わりにメールをしといてやるよ」
ポケットから携帯を出そうとする古藤のしぐさに、一瞬止めて下さいと言おうとした嶋本は細い眉をきりりと上げて、
「……なんで隊長がさとりのメルアド知ってんですか?」
「あ? だって、お前の目の前で交換しただろ?」
「あ……そうやった」
古藤は微苦笑して、とにかくと切り出した。
「風呂入って来い。風邪ひくぞ」
さとりちゃんへ。
嶋本って、面白いな。
けど、仕事ではがんばってるからな。心配しなくていいぞ。
届いたメールに、さとりは小さく微笑んだ。