「潜水救難……え?」
「潜水救難技術競技会だって。お前、知らない?」
バディの鹿取に告げられて、嶋本は首を横に振る。
「なんですか、それ……」
「ほんまに知らんのか?」
呆れたように同僚たちに聞かれて、嶋本はなおのこと小首をかしげるしかない。
「なんなんですか?」
「いや、だから名前のとおりや。5管で一番の潜水士を決めるんや。で、そいつが」
「特救隊に行くことになるな」
「へえ、特救隊」
同僚たちの声の中に、明らかに自分の上司の声が混じっていることに気づいて、嶋本は振り返った。
「隊長」
張り出された書類の日付を確認して、古藤がにやりと笑った。
「さて、この船の名誉にかけて、やっぱり優勝しないとな? ん?」
同僚たちがどよめく中、嶋本と鹿取は力強く頷いた。
「もちろんです」
「よし。じゃあ、当然特訓しないとな?」
10年以上前、自分もここ5管の潜水競技会で優勝して、特救隊に入隊した。
狭き門である特救隊に、唯一といってよいほどの開かれた道だ。
それほど優秀でなければ要らないと、言下に表明されているのだから。
古藤は鹿取と嶋本をちらりと見やって、心の中だけで溜息を吐いた。
去年、特救隊を除隊したばかりの古藤には、まだ「見極める目」が残っている。
特救隊に入隊して、やっていけるだけの『素質』を持った者がいるかどうか。
応えは、是。
だが、まだ早い。
おそらくは、今年の潜水競技会には間に合わない。
まだ、早いのだ。
「よっし、お前らのために、訓練メニュー作り直すか。そうだ、嶋、お前は結索の練習しとけよ」
「はい!」
「鹿取もだぞ」
「あ、はい…」
まだ早いとは思うけれど、だがだからといって、あきらめたくはなかった。
その素質を少しでも磨きたかった。
そのために、自分は船上勤務に移ったのだから。
古藤は小さく笑って、張り切っている嶋本の頭をくしゃりと撫でた。
「おっし、準備だ。手伝え」
「はい!」
この年、古藤や嶋本たちの巡視船が総合優勝を果たした。
個人は小松島の潜水士が優勝、特救隊への推薦を獲得した。
鹿取・嶋本チームは5位。
だがこの潜水競技会が嶋本のその後を変えることになるとは、誰も、そう古藤ですら、気づかなかった。