040 見極める目





「潜水救難……え?」
「潜水救難技術競技会だって。お前、知らない?」
バディの鹿取に告げられて、嶋本は首を横に振る。
「なんですか、それ……」
「ほんまに知らんのか?」
呆れたように同僚たちに聞かれて、嶋本はなおのこと小首をかしげるしかない。
「なんなんですか?」
「いや、だから名前のとおりや。5管で一番の潜水士を決めるんや。で、そいつが」
「特救隊に行くことになるな」
「へえ、特救隊」
同僚たちの声の中に、明らかに自分の上司の声が混じっていることに気づいて、嶋本は振り返った。
「隊長」
張り出された書類の日付を確認して、古藤がにやりと笑った。
「さて、この船の名誉にかけて、やっぱり優勝しないとな? ん?」
同僚たちがどよめく中、嶋本と鹿取は力強く頷いた。
「もちろんです」
「よし。じゃあ、当然特訓しないとな?」



10年以上前、自分もここ5管の潜水競技会で優勝して、特救隊に入隊した。
狭き門である特救隊に、唯一といってよいほどの開かれた道だ。
それほど優秀でなければ要らないと、言下に表明されているのだから。
古藤は鹿取と嶋本をちらりと見やって、心の中だけで溜息を吐いた。
去年、特救隊を除隊したばかりの古藤には、まだ「見極める目」が残っている。
特救隊に入隊して、やっていけるだけの『素質』を持った者がいるかどうか。



応えは、是。
だが、まだ早い。
おそらくは、今年の潜水競技会には間に合わない。
まだ、早いのだ。



「よっし、お前らのために、訓練メニュー作り直すか。そうだ、嶋、お前は結索の練習しとけよ」
「はい!」
「鹿取もだぞ」
「あ、はい…」



まだ早いとは思うけれど、だがだからといって、あきらめたくはなかった。
その素質を少しでも磨きたかった。
そのために、自分は船上勤務に移ったのだから。
古藤は小さく笑って、張り切っている嶋本の頭をくしゃりと撫でた。
「おっし、準備だ。手伝え」
「はい!」



この年、古藤や嶋本たちの巡視船が総合優勝を果たした。
個人は小松島の潜水士が優勝、特救隊への推薦を獲得した。
鹿取・嶋本チームは5位。
だがこの潜水競技会が嶋本のその後を変えることになるとは、誰も、そう古藤ですら、気づかなかった。




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