041 無敵な彼女と再会





乗り込んだヘリは、思った以上に騒々しくて。
ヘッドフォンをしていても、まだかすかにモーター音が響いていた。
さとりはヘッドフォンから聞こえてくるクルーの会話に耳を済ませながら、眼下に広がる風景を覗き込む。
高さ200フィート。
僅かに地上は煙ってみえる。
だから、怖いというより、ただ景色が底に広がっているだけのようだった。
『氷野先生』
見知った女性機長に呼びかけられて、さとりはヘッドフォンに接続されているマイクを口元におろした。
「はい」
『現着まで5分です』
「了解。準備は」
ちらりと同情してきた看護師を見ると、力強くうなずいて。
さとりも頷き返した。
「準備万端ですよ、いつでもいけます」
『了解』



クター・ヘリ。
簡単に言えば、医者が乗ってる救急搬送用のヘリのことだ。
さとりがドクター・ヘリに乗るようになって、数週間。
出動はER勤務の日は、ほぼ毎日。多いときは日に2度出動したこともある。
それほど緊急を要する患者が、搬送を待っているのだとさとりは実感した。
そして、珍しく消防本部からの救助要請ではなく、海上保安庁からの救助要請にさとりは眉をひそめた。
レジャー漁船の転覆事故。
数名のけが人が出ていること。
そのうち2名はこどもであること。
出血が激しい患者がいること。
それゆえの、ドクター・ヘリ出動要請だった。



その時、さとりの視界に白い船体が見えた。
着船する場所は濃緑に彩られていて。
一度夜間外来で診たことのある女性機長は、手際よく、そしてスムーズに着船した。
『氷野先生、どうぞ』
「五十嵐機長、ありがとう」
さとりがヘッドフォンを外しながら、モーター音に負けないように叫ぶと。
五十嵐機長は微笑んで、力強く頷いた。



ヘリのモーターを落とさずに、巡視船の艦橋と無線で会話する。
とりあえずは、医師の治療待ち。
緊急搬送できる要救助者は既に京阪大学付属病院に運ばれている。
五十嵐は一瞬考えて、クルーに言った。
「待機ね」
「ええ」



京阪大学付属病院の屋上、ヘリポートで待っていた白衣の女性2人に五十嵐は驚いた。
去年の夏に、お世話になった女性医師だったから。
彼女たちがヘッドフォンをつけると、すぐに声をかけた。
『お久しぶりです、氷野先生』
驚いたように顔を上げた女性医師は、しかしすぐに笑顔になって。
『そうですね…夏以来ですか? 五十嵐さん』
たった数回の邂逅なのに。
その穏やかに告げられた、記憶力に驚かされる。
夏に3回ほど、風邪のために通った。
そのときに、五十嵐は患者として氷野さとりという医師を覚えてはいたものの、医師であるさとりにしてみれば、数百数千の患者を診ているだろうに、それでも五十嵐の名前と顔が一致しているという事実。
「記憶力、かな?」
「え?」
五十嵐の言葉に、反応したクルーに五十嵐はくすりと笑って、マニュアルに視線を落とした。




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