043 ぬくもり





背中に回されたさとりの手が、暖かい。
1月もまもなく終わろうとする、寒い季節。
さとりのぬくもりが、いとおしかった。



はあと吐き出せば、白い吐息。
見上げれば、神戸の夜景。
見下ろせば、一面の竹筒に灯された祈りの明かり。
行こうと言ったのは、さとりだった。
忘れられない、5年前のあの日。
「……俺は、大阪の自分の家におったなぁ」
海保大の合格発表が前日にあって。
嶋本の家では嶋本の合格を、母親が手料理を豪勢に作り上げて祝ってくれた。
既に就職や進学が決まっていた仲のいい同級生と、久しぶりにカラオケで騒いで…翌日は学校も休みで。
ベッドの中で、地鳴りを聞いた。
動くこともかなわないまま、すぐ隣の本棚から参考書が散乱するのを、身動きできずに見つめていたことを思い出す。
「さとりは……東京か」
「うん。朝起きて、テレビつけたら……長田が燃えてたね」
静かな声。
だが、ゆっくりと祈りの明かりを見て回りながら、さとりは言う。
「悔しかった、よ。テレビの中で苦しんでいる人がいるはずなのに、何もできない自分が。助けてあげたいのに、テレビの前でがんばれと言うことしかできない自分が、悔しかったことは覚えてる」
「さとり」



ゆっくりと、空の彼方から舞い降りる、白いもの。
さとりは、手袋を外してそれを手にとった。
「雪、降ってきたね」
「そやな…」
ほんのりと手の中に冷たさを潜ませて、雪は姿を変える。
さとりはゆったりと舞い降り始めた雪を見上げながらつぶやいた。
「今なら」
「ん?」
「今なら、少しは助けてあげられるかな?」
「………そうやな」



抱き寄せたさとりの身体は、温かい。
生きている、という実感を伴って、嶋本の胸に落ち着くもの。
「さとり」
「ん?」
「俺も、今やったら……助けられる人、いてるかもしれんな」
「そうだね」
「助けたい、なあ」
「きっとね」



きっと。
進次の助けを待っている人が必ずいるよ。
耳と、胸に染みるさとりの言葉に、嶋本は目を閉じた。
ずっと、その言葉を身体に刻みたくて。




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