047 そのとき





「よく来た」
静かな声に、特殊救難隊第3隊隊長金城昭栄は力強く頷いて、特救隊特有の敬礼を返した。
「お久しぶりです、古藤隊長」
古藤は微苦笑して、かつての部下を見た。
「その呼び方はおかしいな。金城隊長…早速だが、状況説明に入ろうか」
次々とヘリからリペリング降下してくる特救隊員を見上げながら、古藤は言った。
既に着船し、俊敏な動きでカラビナから索を外しているのが、自分が3隊に招いた真田だと気づいたけれど、あえて彼を呼び止めなかった。



今はそのときではなかった。



純粋に、すごいと思った。
手が届きそうなほど近くまで舞い降りてきた、人工の翼。
ローター音が響く中、2本の索が振ってきた。
空から舞い降りるように降りてきた、オレンジと紺の制服。
ゆったりと現れた古藤と二言三言言葉を交わして、親しげに艦橋に向かう男。
続いて降りてきた隊員も手早く索を外して、近くで呆然と見上げていた嶋本たちに声をかけた。
「すまないが」
「あ、はい!」
「索を安定させてほしい」
簡単に言えば持ってほしいという意味だと理解して、嶋本は大きく頷いて、渡された索を腰を落として受け取って。
「嶋、グローブ!」
鹿取に慌てて渡されたグローブを手早くして、索を力強く握った。
首元に手をあてて、何かを話していた隊員が声をあげた。
「危険と感じたら、すぐに索から離れて」
「はい!」
索を握って、空を見上げれば、ヘリからはほとんど身体を投げ出した隊員の姿が見えて。
音がした。
カラビナが索を流れる音。
すぐ近くに舞い降りた、自分より遥かに大きな体のオレンジと紺の隊服は、残念ながら天使とは言いがたかったけれど。
さきほど嶋本に索の安定を頼んだ隊員より少しばかり手間取りながら、索を手放し、透明な保護ゴーグルの中の穏やかな双眸がまっすぐに嶋本を見て、微笑みながら言ってくれた。
「ありがとう」と。



「正直、古藤…さんとここで会うとは思ってなかったですよ」
軽く笑って、古藤は船橋のドアを開けた。
「海難だと全国どこでもおまえらは飛ぶじゃないかよ。巡視船に俺が乗ってるのはわかってんだから、どこかに会うに決まってるだろが」
「海難があれば、ですよね」
ヘルメットを外して、金城はそれを腕にかけた。
「海難で再会、っていうのはあんまり嬉しくないっすね」
「そうだな」
再会の余韻にひたることも許されず、かつての隊長と副隊長は船橋で待つ船長の下に急いだ。



7名の乗組員のうち、2名が火災で重度火傷を負った。
6名の特救隊員が降下してきたあと、おろされたストレッチャーに重傷の要救助者を入れて隊員が付き添ってヘリに引き上げて、ヘリは2名の要救助者と2名の隊員を乗せて地上に向かっていった。
「京阪大学付属病院に搬送されるな」
ヘリを見送れば、既に太陽は昇っていて。
目の前に、もうもうと煙を上げているタンカーの威容が見える。
振り返れば、かつての隊長がウェットスーツのまま、腕組みして立っていた。
「そうですか」
「あそこは救急外来がよくてな。優秀なスタッフがそろってる」
そろっている、というより、誰かを名指ししているようで真田は古藤をちらりとみて言った。
「知り会いが?」
「おうよ…真田、元気か?」
「はい」
もうもうと煙をあげるタンカーの前で交わされた挨拶は、そっけないものだった。




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