高温の部屋は、密閉されていた。すぐ隣には機関室もある。それは船内構造図で確認し、把握していた。
真田はついと立ち止まる。
手の中の気温計は90度を越えた。
さて、どうする。
ここで消火すべきか。
だが、密閉されているから、いずれは自然鎮火する。
開けなければ。
「真田さん」
高嶺の呼びかけに、真田は応えた。
「もう少し、様子を見よう」
「おい、どうなった?」
「様子見るみたいですよ? 温度は上がってるみたいですけど」
放水栓を部屋の前まで移動させる鹿取を手伝いながら、嶋本は言った。鹿取は肩をすくめる。
「おいおい、ずいぶん度胸据わってるねぇ。ここはLPGの真下だぞ? もし、一歩間違えれば和歌山沖で俺たちは骨も拾ってもらえないくらい完全消滅つうのに」
「…………そうなんすか?」
「お? 嶋? ちゃんと座学聞いてた? これ、常識だからね」
軽口を叩きながら、二人は重い放水栓を部屋の前まで運んだ。
「持ってきました」
「ああ。ありがとう」
「はい」
だがすぐに鹿取の無線機に、古藤の呼びかけが入る。
『おい、鹿取、嶋本』
「こちら鹿取、どうぞ」
すぐ脇では真田の無線機に金城隊長からの通信が入る。特救隊仕様の無線機は喉元にチョーカーのように巻かれた骨伝導受話器で、真田は喉元を抑えるだけで返事した。
「真田です」
「え?」
鹿取から告げられた言葉に、嶋本は瞠目する。
「ホンマですか?」
「ああ。俺らは引き上げる。警救艇で待機や」
鹿取は軽く頭を下げて、高嶺に放水栓を渡した。高峰も事態を飲み込めたようで黙ってそれを受け取った。無線で話している真田を除き、嶋本だけが理解していなかった。
「目の前に火災があんのに」
「そうや。目の前で火災があんのに、ここはLPGタンカーやのに、俺らは防火衣も着けてへんのやで? 何かあったら困るからな。引き上げろって、古藤さんは言うてる」
無線での会話を終えた真田が、鹿取の言う「古藤」に幾分反応したけれど、それに気づくものはなく。
「そやけど……」
「命令、や。どうしようもない。それに俺らは怪我するためにここへ来たんやない」
鹿取の言葉に、嶋本は項垂れた。
不意に。
かつて自分が目指した潜水士のことを思い出した。
搾り出すような、低い声で言われた言葉。
「俺は……死ねんのや……」
「進むことも、大切な判断ですが、引くことも大切な判断です」
静かな声に、嶋本ははっと顔を上げた。
自分を覗き込む顔。
汗に銀色に輝く防火衣の乱反射を受けて、その隊員の顔も輝いて見えた。
ただ、左は一重瞼なのに、右は二重瞼なことに気づいたけれど。
「むしろ、引くことを判断することは、勇気がいる」
「……真田さん」
「我々も一旦巡視船にひきかえす、高嶺」
「はい」