「お久しぶりです」
ゆったりと頭を下げれば、トレーニング中だった曽田は小さく笑って。
「ほんまに。いやあ、船上勤務から離れると、ほんまに先生と接点、なくなってしもうて」
そう言って、にっこりと微笑んだ。
「なんですか、それ」
「いえ、誰がどうとかというより……」
古藤からあまり詳しく聞いていないので、説明しようがないことにさとりは今更ながら気づく。
「嶋が、知ってしもうたってことですか?」
「ええ……それは間違いないみたいです」
古藤の話によれば、こうだ。
嶋本が休み始める前夜、いつも集まる中華料理店で飲み会をしていたという。
そこで偶然会ったのが、かつて曽田と嶋本が巡視船に乗っていた時に同僚だった保安官。
どちらかといえば、嶋本を嫌っていた部類の人間のように古藤は思えたという。
『だけどなあ、俺が行った時はもうなんか言われたあとだったからな』
『嶋本の所為で、曽田さん、潜水士、やめなあかんなったって』
古藤が聞いたのはそのせりふだけだった。
『さとり、嶋が前の巡視船で一緒だった先輩に、潜水士をしていて、特救隊に志願できるくらい優秀だったという人に心当たりは?』
さとりは少し視線を泳がせて応えた。
『一人、いるよ』
『その人が、曽田さんか?』
『……うん』
あの日、嶋本は項垂れて。
小さな背中はいっそう小さくなって。
古藤の顔も見ずに小さな声で、帰ると告げて。
続いた嶋本の休みに、誰もが言った。
あの時、引き止めておけばよかった、と。
曽田が目を細く細く、そして立ち上がるのをさとりは咎めない。
「どこへ?」
「……………」
「進次の居場所は、多分、あたし、わかります」
「え?」
「進次は私が探します」
「………じゃあ、どうして俺のところに」
来たんですか?
立ち上る怒りのオーラは、さとりに向けられたものではなく。
さとりは小さく溜息を吐いて。
「全部」
「え?」
「全部進次に話そうと思って。そのためには、やっぱり曽田さんの許可が要るんです。曽田さんが話していいってことまでは話します。それ以上は喋りません……それが医者ですから」
全部話すな、というんだったら話しませんけど。
少しばかり悲しそうに笑うさとりを見て、曽田は深く長い溜息を吐いてから、さとりに言った。
「えいですよ。全部、全部話しても。最初から、そうするべきやったんでしょうかね?」
「……わかりません。でも、話していたらきっと」
きっと、進次は。
潜水士を目指すどころか、保安官を辞めていたと思います。
さとりの言葉に、曽田は一瞬瞠目していて。
すぐに目を細くして、笑った。
「これは、俺の責任でもありますよ。俺が全部、氷野先生にかぶせてもうたことやから。やけど、あんときはそれでえいと思うたんです」
さとりも小さく頷いた。
「ええ。そうです。私もそう思いました。今もそう思ってます」