055 鍵をかけられた箱





呆然と突堤に座っていた嶋本が、遠くに聞こえた車のクラクションに我にかえった。
さとりも気にしたけれど、クラクションは一回きりで。
嶋本はふぅと息を吐いて。
「なんや…」
「進次?」
「なんやろ……なんか、俺がひっとりで煮詰まって、ひっとりでうだうだしてただけか」
「……誰もそんなこと、思うてないけど」
「うん、知ってるわ」
嶋本は首を横に数回振ると、小さな音がぽきぽきと響く。嶋本は立ち尽くすさとりを手招きして、横に座るように促した。
さとりはおとなしく従って、嶋本の隣にゆっくりと座り込んだ。
「なあ、さとり」
「うん」
「曽田さん、全部俺に言うてえいって言うたんやろ」
「………うん」
さとりはまるで小さな子供が時折見せる心底困ったような表情を嶋本に向けてから、こくりと頭を降った。
「前、全部俺に言わんかったのは……俺に潜水士になれえってメッセージやったんか?」
「多分………」
言葉にされなかった、曽田の思い。
だが、少し考えればわかること。
優しい嘘も、嶋本のためだった。
残酷な真実を覆い隠してでも、曽田は、嶋本に前に進んでほしかったのだ。
「たとえ」
「ん?」
「たとえ、それがあたしを巻き込んだ嘘、でもね」
「………そっか」



すまんと思うてます。
曽田の言葉を、さとりは黙って聞いていた。
まだつきあい始めてすぐの頃だった。
お互いがお互いを知らないことがあった時期だった。
相手のことを知りたいと思い、
自分のことを知らせたいと思う頃に。
さとりは、嶋本の最大の理解者であった曽田の、秘密に立ち入ってしまった。
そして、それは曽田によってさとりの中に鍵をかけられた、箱だった。
俺は、こわがりやから。
やから、自分で言えへんのです。
曽田が目指す先として、特救隊を目標としていたのはさとりも知っていた。
そして、今度の病でその目標がほぼ、消えてしまったことも。
だからこそ、嶋本には心の奥底にしまわれた、曽田の秘密を悟られてはならなかった。
守秘義務という、枷がさとりの気持ちを重くしていたことを、曽田は知っている。



嶋本は、知らなかった。



「よう考えたらな、お前もしんどかったんやな。さとり」
抱き寄せたさとりの髪は、柔らかく。
嶋本はさとりの髪を弄るのが好きだった。
自分のような強めの天然パーマではなくて、柔らかいウェーブ。やんわりと撫でれば、ふわりふわりとその感触を嶋本の手の中に残してくれる、さとりの髪。
「進次」
「ありがとうな」
「……進次」
「明日から、仕事に行くわ」
「うん」
「やけど、今日は遊びに行こうな」
「え?」
「どうせ俺の所為で、今日休みにしたんやろ?」
「うん」
「よっしゃ、大阪まで行こか! なんか食いに行こや」
「本気?」
「まじや、さあ、行くで!」
勢いよく立ち上がった嶋本を見上げて、さとりは苦笑した。
そして、ゆっくりと立ち上がった。
「うん、行こう」




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