電話の向こうで、珍しく古藤がはしゃいだ声をあげていた。
さとりは一瞬呆気にとられてから、わざとらしく低い声で応えた。
「もしもし、古藤さん?」
『お、つながっとったか! さとりちゃ〜ん、今から出て来うへんか?』
酔っている。
明らかに酔っている。
『あ、隊長! さとりにかけてるんとちゃいますか! なにしてるんですか! 俺もかけます!』
遠くに聞こえる嶋本の声も、明らかに酔っていた。
さとりは軽い眩暈を感じながら、低い声で続ける。
「ただいま勤務中です」
『え〜、たまにはえいやんか』
「えいわけあるか!」
小さな声で突っ込みを入れれば、嬉しかったようで古藤はケタケタと笑っている。
『いやや、さとりはんのいけず』
「………古藤さん。用事がないなら、電話切らせてもらいます」
携帯電話から耳を離した瞬間、歓声が聞こえた。
『優勝を祝って〜、嶋本の特救隊行きを祈願して〜……』
さとりはその言葉に思わず微笑んで。
微笑みながら、しかし電話を切った。
「うわ、さとりちゃん、電話切っとるし!」
「あたりまえじゃないですか。今ごろ、夜勤の時間ですって」
携帯電話を握ったままショックのあまり動けない古藤の横をすりぬけて、嶋本が鹿取の耳元で囁く。
「鹿取さん、古藤さん、大分酔うてますよね?」
「そやな。ま、明日は休みやし、お祝いやからな。もう一回乾杯するぞ!」
『さとり、優勝したわ』
『え? 競技会?』
『そや。俺……もしかしたら、いや、もしかせんでも、特救隊、行くことになるわ』
はしゃいだ様子で電話してきたのが4時間前。
勤務時間内だったけれど、普段ロッカーにしまってある携帯を診察室の抽斗にしまって電話がかかってくるのを待っていた。
嬉しそうにかかってきた電話に、さとりは同じように喜んだけれど。
きってしまったものの、携帯電話の表示をまじまじと見つめるさとりに、看護師が声をかける。
「なんかあったんですか?」
「ん? ううん………」
小さく溜息をつきながら、さとりは再び携帯電話を抽斗にしまう。
去年、優勝を逃した潜水技術競技会。
頑張ってくるで〜と出かけていった嶋本から、報告の電話は楽しげで。
結果を聞いて、さとりも嬉しかった。
だが、4時間の間に不意に思った。
羽田に異動になる、ということは。
大阪と横浜の、遠距離恋愛になるということで。
なんともいえない、感覚が自分の胸の奥にうずまくような、そんな気分になった。
けっして、良い気分ではない。
これはきっと、嶋本と話をしないと、いけない。
そう思うと、胸の奥でうずまくものが、少しだけ薄まったような気分になって、さとりは小さく頷いて、内心だけでつぶやいた。
話をしよう。