「平気に……見える?」
静かに告げられた言葉は。
僅かに震えていて。
絶やされない口元の微笑が、嶋本にはひどく悲しげに見えて。
「さとり」
「こんなこと、考えてもみなかったの。いつか、進次があたしと違う場所にいるなんて。でも、そうよね。少し考えればわかることなのに。あたしは望めば大学病院にずっといられるかもしれないけど、進次は進次は……いなくなっちゃうんだよね?」
俯くさとりの。
目元は影で見えなくても。
流れ落ちる一筋の涙は見えた。
嶋本は弾かれたように立ち上がり、さとりの手を引いた。
力なく立っていたさとりは何の抵抗もなく、嶋本の腕の中に収まり。
なのに、言葉だけはあふれ出る。
「こんなの、思ったことなんてなかった。進次が洋上に出てても、それは少しは寂しいけど、でもちゃんと帰ってくるってわかってるから、あたしは大丈夫だって、きっと進次が我慢してくれてるから大丈夫だって、思ってた。でもでも……」
最後の言葉は、嶋本の胸の中で。
嶋本は自分の身体を伝わるさとりの言葉に、言葉を失う。
寂しいよ、進次。
「さとり………」
「進次がやりたがってたことだし、行きたがってたところだし、あたしは応援したいよ?」
言葉は紡がれるけれど、顔は決してあげられなかった。
涙を流さないことはコントロールできる。でも一度流れ始めた涙は、自分の意思ではとめられない。
「でも、心のどこかが叫んでるの。寂しい、行かないでって言えって」
「さとり」
嶋本は失った言葉の代わりに、さとりの身体を強く抱き寄せた。
さとりは壊れた音声プログラムのようにつぶやきつづける。
「あたしは、進次を笑って送り出したかったの。今でもそう。でも、心のどこかで引き止めなきゃって思ってるあたしと、笑って送り出したい、あたしがいるの……嫌だな、こんなの……」
ただ思うまま、言葉を紡ぐ。
だけどそれが、すべて自分の意志であることに悲しさを覚えた。
涙が止まらない。
「ごめん、進次………」
さとりは嶋本の背中に手を回した。
「ごめん、こんなこと、言いたくなかったの…………」
「ええんや………ちゃんと聞けばよかったな。俺が、お前に甘えてただけやったな」
嶋本の胸の中は、アルコールの匂いと、嶋本が吸わない煙草の匂いで満ちていたけれど。
さとりは目を閉じて、嶋本の体温を感じていた。
その暖かさを、自分の身体に刻むように。
「進次」
「ん?」
「今日は泊めてくれる?」
「ええよ」
「明日は休み?」
「おう」
「じゃあ、あたしも休みだから、一日一緒にいられるね」
「そうやな」
「…………進次」
「ん?」
「もうちょっとこうしててくれる?」
「ええよ」
嶋本はさとりの身体を、もう一度強く抱きしめた。