手渡された辞令書に、身体が震えた。
「今までお疲れ様。頑張ってきなさい」
優しく告げられた船長の言葉に、嶋本は最敬礼で頭を下げて、叫ぶように言った。
「お世話になりました!」
特殊救難基地に異動を命ず。
ふわりと持ち上がった身体は次の瞬間、海に投げ出されて。
海面に顔を出した嶋本は抗議の声をあげる。
「なにするんすか!」
「お祝いだ、おいわい! 下船するときはこれだってよ」
けらけらと笑っている鹿取たちの背後で、一番満面の笑みでいるのは古藤だった。
「おい、とっととあがってこい」
「索とか投げてくれないんですか」
「自力であがってこいよ、それくらい」
正直、不安はある。
嶋本ほど、体躯の小さな者が、あのツワモノたちの中に放り込まれて、やっていけるか。
古藤は脳裏の抽斗を引っ張り出して、一人の男を思い出した。
「となると、嶋の教官は………」
かつて自分が教えた隊員の誰か、になるだろう。
「黒岩……かな」
嶋本とは対照的に体躯に恵まれた男だ。だが、それ以上に瞬間的判断力はひよこ隊の頃から、群をぬいていた。古藤が特救隊を辞める前年から副隊長を勤めていたけれど、問題なくこなせていた。
黒岩の判断力ならば、嶋本のことも見抜けれるだろう。
古藤は音もなく溜息を吐き出して。
思わず、ほくそ笑む。
「あいつらの反応が、楽しみだな」
絶対に、嶋本は『あの古藤が育てた』という色目で最初見られるだろう。
だが、そんな色眼鏡はいつまでも通用しない。
そのことに気づくのは、ひよこの嶋本か、隊員たちの方か。
見上げた巡視船は、いつものように青い空の下、凛とその白い船体を見せてくれて。
嶋本は眦に熱いものを感じて、慌てて頭を下げた。
そして、言う。
「ありがとうございました!」
踵を返して、駆けていく後姿を見送りながら、古藤は小さく笑った。
「隊長?」
「いや、なんでもない」
そして小さな背中を見送る誰もが思う。
頑張れよ、嶋本。
お前なら、やっていけるからな。