064 キジムナー





『なんですか、あれは』
開口一番、告げられた言葉に古藤は思わず吹き出した。
予想された言葉だったけれど、おそらく困りきった表情で言っているところが想像できて。
それを言っているのが、かつての自分の教え子だからなおのことで。
「なんて、あれは俺んところにいたコロボックルだよ」
『それはわかってますよ! わかってますけど、あんな……』
「あんな?」
『………あんな、変わり者、寄越すなんて反則技ですよ』
古藤は鼻で笑った。
「そうか? あれはあれで、なかなか面白いと思うぞ」



受話器を置いて、黒岩は深く長い溜息を吐いた。
金城がそんな黒岩を面白そうに見る。
「ずいぶん、参ってるな」
「古藤さんですよ! まったく変な生き物俺におしつけやがって!」
「変な生き物? ああ、あれか」
金城が通り抜けながら苦笑する。
「コロボックルって、知ってますか? 金城さん」
「ん? ああ、古藤さんところに出動した時に俺はキジムナーと聞いたけどな」
「キジムナー?」
「妖怪です。沖縄の」
沖縄出身の高嶺がキジムナーの説明をしながら黒岩にコーヒーを差し出した。
「小さくて、木の根元に住んでいる、悪戯好きの妖怪なんです」
「………小さいだけで、選んだのかYO、古藤さん」
ぽそりとつぶやかれた言葉に、高嶺は肩をすくめた。
「お〜い、黒岩。防災基地から電話やぞ〜、なんかヒヨコがやらかしたみたいやけど」
ぴょこりと顔を出した押尾がひらひらと受話器を振っているのが見えて、黒岩は渋面を一層渋くして。
「………はい」
立ち上がった黒岩の足音がいつもより大きかったのは怒りの所為だろう。高嶺は悠然とコーヒーを飲む金城に言う。
「黒岩さん、大丈夫でしょうか」
「まあ、これも特救隊の仕事のひとつだからな。あいつはまだ楽だよ。2隊のレンジャー担当でひよこ隊の隊長だからな」
「その点、古藤さんはよくやったよな」
高嶺にコーヒーを強請りながら、押尾が背中を丸めて姿を見せた。
「3隊の隊長しながら、潜水担当も、それに4年もひよこの面倒見てたんだから」
「そうなんですか?」
「高嶺も古藤さんが教官だったろ?」
高嶺からコーヒーを受け取って、押尾は一口飲んでから言う。
「俺、お前の入る前の年、ひよこの教官助手やったけどさ〜、無理無理。しんどいわ。4ヶ月、つきっきりで面倒見るなんて、俺の性格にあわん」
「はあ」
「その古藤さんが見込んだ、『キジムナー』ですからね」
「キジムナーがいまいち俺にはわかんねえけどさ」
押尾はにやりと笑って、
「俺からみたら、エンコウだな」
「は?」
「それも妖怪。ガキの姿で、いたずらばっかりする。女子高生じゃないぞ」
一瞬の沈黙。
高嶺が恐る恐る口を開いた。
「あの、それって、援助交際ってことですか?」
「お、高嶺、よく知ってるな」
「高嶺」
金城が静かに言った。
「全身全霊で殴ってよろしい」
「………したいですけど、隊長、ご自分でどうぞ」
「拳が穢れる」
「ひどいな〜、お前ら」
しくしくと泣いてみせる押尾をにらむように見つめていた金城がふと思い出す。



近いうちに、そっちに一人送り込めるかもしれん。
そん時はよろしく頼む。
ちょっと変わったやつやけど、必ず特救隊でやっていけると、俺は思ってるから。



かつての隊長であり、かつての自分のバディの言葉。
嬉しそうに、言っていたことを覚えている。
きっと、それがあの『キジムナー』だろう。
口の端に思わず笑みが浮かぶ。
再来週には、合同訓練が待っている。
かつてのバディが見込んだだけの才能を、自分も見てみたいと金城は思った。




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