改札口を抜ければ、まっすぐさとりは歩き始めた。
歩道の端、車道との境に立てられた低いフェンスに座っていた嶋本が腰を挙げた。
にこやかに片手を挙げる。
さとりは荷物で塞がった右手ではなく、左手で嶋本に手を降った。「よう来たな」
「うん。お疲れ様……じゃないの?」
小首を傾げれば、嶋本は少しだけ表情を変えて、
「お疲れはお疲れやな〜、今からマラソンせえ言われたらちょお無理やな」
「ふうん、ずいぶんお疲れな顔だけどね。あ、頼まれてたたこ焼き器、持ってきたからね」
さとりの言葉に、嶋本は笑顔を取り戻して。
「それがないと、やっぱあかんわ。俺ってほんまに関西人やと思う」
「………関西人って、日本人じゃないみたいね」
決して広いとは言えない、部屋だった。
とはいえ官舎だけあって家賃は安いんやで〜と嶋本が言いながら、あちこちの窓を開けていく。
「西部屋やからな。こもるんや」
「ふうん……なんか進次から」
そんな言葉聞くなんて、といいたかったさとりはあることに気づいて、首をかしげる。一通り窓を開けた嶋本が首をかしげたままのさとりの傍に戻ってきて。
「どないした?」
「う〜ん………」
「なんや、わすれもんか? トイレは玄関の脇やで?」
「違う」
「ん?」
さとりはゆっくりとした動きで中腰になって、嶋本に抱きついた。
「さとり?」
「あ〜、分かった。うん、やっぱり」
「さとり? おい?」
呆気に取られている嶋本の身体を再び離して、さとりは言う。
「進次、この一ヶ月ちょっとで筋肉ついたでしょ」
「へ? そ、そうか? いや、最初えらい勢いで痩せてたから、どないしょと思うてずいぶん食べたけどな」
「太ったんじゃなくて、筋肉。抱きごこちが違うもん。服のサイズも変わってるでしょ? あたしのあげた服、ちょっときつそうだし」
そういえば、休みの時くらいしか私服を着ないから、さとりから貰ったシャツを久しぶりに引っ張り出した時、きついとは思ったけれど。
「この辺と」
わさわさとわき腹を撫でられて、嶋本は思わず硬直する。さとりの手は遠慮なく嶋本の身体を撫でる。
「あ、太ももも違う〜、ジーンズのサイズが変わるよ、これ」
「………さとり」
「でもやっぱり」
さとりにしてみればずいぶん厚くなった嶋本の胸板をわさわさと撫でて。
「ここが一番変わってる」
「さ〜と〜り〜」
ぷるぷると胸板が揺れて。
嶋本の両手が伸びた。
「お前は! なんで俺にセクハラしとるんや!」
「ひたひよ、ひんじ……はって、かわってるほとはひひほとひゃない(痛いよ、進次……だって、変わってることはいいことじゃない)」
両頬を思い切りつねられて、さとりは涙目になりながら訴える。
「ほへに、ひんじ。ほほとばへになってるひ(それに、進次。男前になってるし)」
「……なんて?」
「ほほとばえ!」
ようやく解放されて、さとりは両頬を撫でながら涙目で言う。
「男前になってるのに……」
「それをはよう、言えや」
文句のひとつも言おうと思ったけれど、嶋本が思い出したように、
「そや、さとり、手え出せ」
「ん?」
促されるままに手を出せば。
乗せられたのは、銀色の小さな輝き。
「俺のこと、誉めた褒美や」
「………進次」
「あ?」
「これって……」
嶋本はコホンとわざとらしい咳払いをして。
「そや。ここの合鍵や。いつでもここに来てえいからな」
そう告げる嶋本の耳が僅かに赤いことを、さとりは見逃さなかった。
さとりは満面の笑みを浮かべて。
鍵を握った。
「うん。ありがと。じゃあ、しばらく泊めてもらおうかな。とりあえず、1週間」
「おう。かまへんで」