071 通訳の才能





「まじですか」
「うわ、すげ〜」
あがる歓声に、嶋本もわくわくした表情を浮かべていた。
ただ一人、教官の黒岩だけがげんなりとしていた。
「あのロボットが隊長だってYO……誰があの難解言語を通訳できるんだYO」
「え、真田さん、普通に話ししてましたよ。この前の合同訓練のあとも」
「あほか! お前ら、ひよこに分かりやすいように通訳がいただろ! 背の高い、睫ビシバシなのが」
「あ………」
ひよこ隊に広がった雰囲気は、次の3隊隊長に真田が決まったことをミーティングで報告されたとき、基地内に広がった雰囲気とまさしく同じで。
『自分は無理ですよ。通訳というからには、もっと真田さんの意思を汲める者じゃないと無理でしょう』
高嶺の言葉も一理あって。
高嶺が真田の言下の意図を読み取れるのは、むしろその忍耐強さにかかっていて。
真田の言語パターンを読み、何よりも洞察力の優れた者。
基地内で数人が無言の視線を浴びて、慌てて否定する。
『無理っす! 真田さんの考えなんて分かるわけないじゃないすか!』
『勘弁してください! そんな……24時間、訓練ですか!』
『……………自分は特救隊ではないわよ。それに頼まれても真田くんの通訳なんてしないわよ』
約一名、明らかに違う人物まで視線は浴びせられたけれど。
「真田さんって、そんな小難しいこと言うてはりましたっけ?」
黒岩は一人のひよこの言葉に現実に引きずり戻され、眉をひそめた。
「お前は、何見てたんだ。真田の言葉は小難しいことじゃなくて、脈絡がないんだよ」
「そうですかね? だって、この前言うてはったことも」
嶋本がさらりと応えた言葉は。
高嶺が通訳した意味とは少し違っていて。
ひよこ3人は何を言ってるんだ、嶋! と慌てて抑えにかかるけれど。
一瞬呆然としていた黒岩がすぐに表情を変えた。
「嶋」
「は、はい」
「おまえ、本気でそう思うか」
「え、ちゃうんですか?」
「………なるほどなぁ」



これは、思わぬ才能かもしれない。
黒岩はにやりと笑った。
その笑いに、ひよこ4人の体温が数度下がったことには気づかなかったけれど。



もともと嶋本は、『真田向き』なのかもしれない。
真田にないものを、嶋本は持っている。
嶋本にないものを、真田は持っている。
補完できる関係にあれば、これはすごい組み合わせになるかもしれない。
「そうだなぁ…すごい組み合わせになるかもしれないなぁ」
そしてすぐ傍で動けないひよこ4匹。
「な、なあ…教官が笑ってるけど」
「ど、どないしょ…ごっつ怖いんやけど」
「……逃げた方がえいか?」
「えっと………賛成」
そぉっと立ち去ろうとしたひよこが、我に返った黒岩に首根っこつかまれて、再び阿鼻叫喚の地獄に突き落とされるのは、すぐだった。




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