「そう、ですか」
「お? ずいぶんつれない返事じゃないのYO、真田ちゃん」
酒気くさい香りを漂わせながらずずいっと接近してくる巨大な顔を、真田はさりげなく、ではなく思い切り左手で阻止している。
額を押されて、完全に酔っ払った黒岩が低い声で吼えた。
「おい、真田ちゃん。ずいぶんじゃないかよ」
「いえ、身の危険を感じたので」
相当量を空けているはずの真田の表情はそれでも変わらず。
「せっかく参考になれば、と教えてやったのさ」
「参考になりません」
真田の言葉も一理ある、と近くにいてまだ理性の残っている隊員は思った。
真田、ヒヨコにいいのがいるぞ!
お前にお勧めだ!
あのミニマムサイズがお手ごろだ!
「黒岩さん」
「おうよ」
「もう少し、わかりやすく教えてくれないと」
「だから〜、あのサイズがハンディサイズだろうが」
びしりと指差す方向に他の隊員に可愛がられているヒヨコたちで。
その中でも嶋本は一層小さく見えた。
「ハンディ」
「お持ち帰りしやすいだろうが!」
「黒岩さん」
「あ?」
「俺は弁当しかしない。面倒はいやだ」
「ああ?」
ここまでかみ合わない会話も珍しいと周りの隊員たちが嘆息したとき。
黒岩が動いた。
「嶋!」
「はい!」
怒号に近い呼びかけに一層小さくなった嶋本がとっくにダウンして死屍累々の隊員たちを踏まないように努力しながら黒岩の横に座った。
「な、なんですか?」
「ええか? 今から言う会話を解説しろ」
「解説?」
小首をかしげる嶋本。
にやりと笑って語り始める黒岩。
あまりの体躯の差に、こうなるとほほえましさを感じると、隊員たちは思ったが。
「お前をハンディサイズでお手ごろだと真田に言えば、弁当しかしない、面倒はいやだと言いやがる。さあ、この心は?」
「へ?」
酒精で赤黒くなった教官の顔を見て。
表情ひとつ変えない、次期3隊隊長の顔を見て。
嶋本の肩がプルプルと震えて。
「お、おれは………」
「嶋本?」
「ハンディサイズでお持ち帰りしやすい弁当以下ですか! ていうか、俺は男ですよ!」
怒声に宴席は一瞬静まりかえったけれど。
嶋本の最後に付け加えられた言葉に、真田が答えた。
「みればわかる」
「なんだYO、それ」
黒岩の問いに、相変わらずプルプルしながら嶋本が答えた。
「真田さんは、宴会でお持ち帰りするのは女や、だから面倒はいややて言いたいんですよ」
「そうなのか?」
「違うのか?」
聞き返されて嶋本の解説が正解だったことに、黒岩はじめ他の隊員たちは目を丸くする。
「ていうか、俺の話でなんでお持ち帰りの話になるんですか! あほ言わんといてください! 俺にはちゃんと」
彼女、いてます!
先ほどよりも、宴席の静寂は長かった。
言い切って、嶋本はようやく我に返って。
「え、あの……」
「嶋」
ポンと肩を叩くのは、黒岩だった。
にっかりと、赤黒い顔に笑みを浮かべて。
「よかったな。これでお前のホモ疑惑は一掃されたな」
「なんですか、それ!!」