075 ドラフト会議





「自分は、嶋本進次を指名します」
告げられた言葉に、誰も異論などなく。
金城は誰にも見えぬようにうつむいたまま、小さく笑った。



『俺は狩谷を連れていくぞ。いいのか?』
数日前、問われて真田は小さくうなずいた。
夕焼けの空に、出動から帰ってくるヘリを迎えながらの会話だった。
『構いません』
現3隊レンジャー担当である狩谷は、真田に次いで優秀であり、救急救命士の資格も持っている。
『高嶺が資格を持ってます』
『そうだがな…救急担当にするには、惜しい気もするぞ』
『本人が』
真田が顔を上げた。わずかに浮かぶ笑みに意外さを感じていると。
『本人がそれを望んでいます』
『そうか。じゃあ、高嶺のこと、頼むな』
他の希望隊員を聞いて、金城は数回瞬きをしたことを覚えている。
『嶋本を、希望しようと思っています』
『嶋本? って、ひよこの?』
『他にいません』



もうすぐひよこたちは防災基地で、最後の5日間、ゴールデン・ウィークを過ごす。
今まで絞られに絞られて。でも最後の最後に残った思いと能力は、すぐに結晶のように成長していく。
それを試すためのゴールデン・ウィーク。
最後に待ち受ける100キロ行軍。
それを終えたときに、ひよこたちが羽ばたく鳥になれるか、あるいはちいさなひよこのままなのか。
そんなヒヨコを指名するのは一種の賭けで。
まして、出身管区が同じであるとか、以前からのつながりなければ、ここまで迷いなく指名するとはいえないとは思ったけれど。
よく考えれば、口にしているのは真田で。
何かの確信に満ちた表情で、真田はそれを言った。
『いいのか』
『はい。嶋本で』
力強く頷いたのを見たことを、金城は思い出す。



「よし、これで36名全員の行き先が決まったな」
基地長が解散を告げれば、隊長たちが三々五々に会議室から姿を消した。真田も出ようとしたときに基地長が言った。
「真田隊長」
「………」
僅かに返事が遅れたのは珍しいことだった。基地長が苦笑する。
「まだ、慣れないかね」
「さきほどが初めて言われたので」
「ドラフト会議が終われば、君は3隊の隊長だよ。そして」
基地長の、メガネの奥の小さな目がほとんどわからぬほどに表情を変えた。
「最速で特殊救難隊隊長まで登りつめた、優秀な海上保安官ということになるね。『神兵』と呼ばれているようだね、最近」
「………」
その渾名は真田も聞いていた。だが、ここで肯定するのも否定するのも奇妙に感じて、黙したままだった。基地長は数瞬の沈黙のあと、にっこりと微笑んで。
「がんばりなさい。君ならその渾名に恥じない、いいや、その渾名を越えるような働きをしてくれるかもしれない」
「……尽力します」



翌週、新しい隊編成が発表された。
第3隊の場所には、
隊長 真田甚
潜水担当 嶋本進次
と書かれていた。




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