そうか、無事乗り切ったか。
受話器の向こうで苦笑するかつての上司に、真田は言った。
「古藤さん」
『ん?』
「今度、隊長になります」
『ああ、聞いたよ』
真田は眉間に皺を寄せる。
正式に真田が隊長になると発表されたのは昨日だ。
いくらかつての隊長とはいえ、情報が早すぎではないのか。
一瞬の沈黙を正確に理解して、古藤が言った。
『真田』
「はい」
『お前んところに、嶋本が配属されるそうだな?』
「はい。自分が希望しました」
『そうか。実はな嶋には彼女がいてな』
そういえば、少し前の飲み会で叫んでいた。
彼女がいると。
『その彼女は、実は俺の幼馴染で、妹みたいに可愛がってきた子なんだ』
「……なるほど」
『こっちの病院で医者をしていて。昨日の晩、うちのが怪我したので連れて行ったついでに、お前のことと嶋の配属先も聞いた』
意外な接点。
真田は思わず苦笑する。
「そんな人がいたんですか」
『嶋にはもったいないぐらいの、美人で、女医さんだよ。まあ、俺が5管に帰ってきたときにはもうつきあってたけどな。何がなんでも別れさせようとしてたけど、これがなかなか』
仲が良くてな。俺にまで惚気やがる。
あっさりと告げられて。真田は肩をすくめることしか出来ない。
「そうですか」
『………真田』
「はい」
『嶋のことを言うために、電話くれたのか?』
「……それもあります。やはり気にされているのではないかと」
『それはそうだ。仮にも送り出したのは俺だからな。だが久しぶりの電話が、俺のことを気遣ってというのは、なんとも面映くてな……真田らしくない』
自分らしいとはなんだろう。
真田はわずかな時間考えて、それが自分勝手という意味と解釈して言葉を紡いだ。
「………そんなに自分は自分勝手でしょうか」
『お前のは、いい意味での自己中心なんだよ。いい意味でのわがままだ。それに振り回されるのは、実はあまり苦痛ではないんだよ。少なくとも俺はな』
「…………」
『お前が俺の隊で最初なじめなかったのも知っている。それでもお前は、ちゃんと出来てただろう? それはいい意味での自己中なんだよ。別の言い方をすれば、一途なんだな。そうだ……押尾が面白いことを言っていたな。まっすぐにそれだけを見つめているやつのことを、方言で『いちがい』というそうだ』
「…きちがい?」
『あほ、一我意だと。お前はそれだよ。レスキューのことばかりで、それ以外は見えていない。最初はそれに腹も立つ。だけど……慣れるんだ、お前のペースに周りが。だからいいんだ。お前はお前のままで』
「そうでしょうか」
『胸を張っていろ。他の奴から聞いたけど、お前、神兵なんて渾名もらったらしいじゃないか』
ここまで伝わっているのか。
真田は内心だけに溜息をついて。
だが、古藤の言葉は真田の耳に優しい。
『いいんだよ、別に重荷に感じなくて。お前はお前のままで。助けられる者を助ける。助けたい。それはお前が俺に言った言葉だ。忘れてない…だろう?』
そうだ、まだひよこ時代、どうしてレスキューをしたいのか。そう古藤に問われて、自分は応えた。
目の前で助けを求めるものに、手を差し伸べたい。
助けられる者を助けたい。
助けたい。
「言いました」
『そうだ。それを忘れるな。だが、お前は隊長だ。お前だけではない、お前の隊の隊員の命を預かることを忘れるなよ……元隊長として、お前に言ってやれることはそのくらいだな』
「はい」
『お前ならできる。胸を張れ。前を見ろ。大丈夫だ』
とん。
背中を押された気分になって。
真田は力強く頷いた。
「古藤さん」
『ん?』
「ありがとうございます。出来る気が…してきました」
『そうか。よかった』