077 初当直の試練





背筋を伸ばして、敬礼した。
これが、新しい隊。
これから1年間、共に救助に向かう、命を預けあう、仲間。
嶋本は静かに敬礼している真田の顔を見た。



「お〜い、嶋本。食えるときに食っておけよ」
「はい」
「出前取るけど、なんか頼むか?」
「あ、えいです。俺弁当なんで」
と嶋本がロッカーから持ってきたものを、3隊の高嶺はじめ4人が覗き込む。
「すごい」
「うわ〜、なんだよこれ」
「なんだよって、弁当です」
そりゃ誰が見ても分かる。
4人が突っ込みを入れようとした時、真田が通りかかった。
「なんだ?」
「あ、隊長。ちょっとつまみませんか? 初当直やから、張り切って作ったんですよ」
「嶋本がか?」
それはその場にいた全員が聞きたいことだった。おそらくは、この場にいた真田以外の全員が応えを知っていた。
「まさか〜、彼女が持ってけって」
「そうか。では遠慮なくつまませてもらおう」
「あ、お箸です。どうぞ」
みなさんの分もありますよ〜と言われて真田が覗き込めば、確かにすごい量が重箱らしい弁当箱にはつまっていた。
「嶋」
高嶺が箸を受け取りながら、満面の笑みの嶋本に聞く。
「はい?」
「これって、彼女さん一人で?」
「あ、そうですよ。料理好きなんですけど、さすがにこの量は前の日から仕込んでましたね」
そりゃそうだ。まるで正月のおせち料理ほど重箱にはぎっしりとつまっている。
味は……。
「うまいな、嶋」
「うわ、ほんまですか?」
「あ、ほんとだ。ダシ巻き卵、いける」
「うまいうまい」
適度な味付け。ほぼ完璧に近い料理だった。一同の箸は進み、重箱の黒い底が見えるようになった頃に、真田が思い出したように言った。
「しかし、こんなに食してよかったのか? お前の分は嶋?」
「え、だってこれだけ食べたら6人前、ありませんか?」
高嶺がにっこりと微笑んで、
「まあ、10人前は普通はあると思うけど、特救隊では普通じゃないからね」
「へ?」
「高嶺、出前頼む。俺はニラ豚定食と、天津丼。両方大盛で」
「はい。自分も頼みます」
「俺もラーメン、頼もっかな〜」
一気に重箱から箸が遠のいた。
呆気に取られている嶋本が声をあげる。
「足らんのですか!」
「いや、足らないというより」
真田がまだ幾分残っている重箱を覗き込んで言った。
「それは彼女の思いだろう」
「へ?」
「残さず、頂け」
「え〜?」



みんなで食べてね。
笑顔で重そうに差し出したさとりのことを思い出す。



「さとり、これ、俺で仕上げろやって」
嶋本は箸を咥えたまま呟いた。
残り、2人前ほど。
とはいえ。
「ま、美味いからな。さとりの飯は、食える食える」
少し自分を叱咤激励して、箸を持ち上げた。



「おかえり」
「おう」
徹夜明けの幾分しゅぱしゅぱする両目を数回撫でながら、嶋本は重箱の入った風呂敷包みを玄関まで出迎えたさとりに渡した。
「ありがとな、飯。おいしかったで」
「そう。よかったよかった」
「………ちょっとした試練やったけどな」
「え?」
重箱を受け取ったさとりが目を丸めている横を、眠くて眠くて仕方ない嶋本はすり抜けて。
「寝るわ。お前が帰るとき、起こしてや」
「え、え、美味しくなかったの? なんで? 卵の殻とか入ってたの??」
「ちゃうわ。美味かったで」
ぽぽいとディバッグやら上着やら、脱ぎ散らかして嶋本は眠そうな顔で笑った。
「お前の思いが、入ってるからな」
「ん?」
「おやすみな」
脱ぎ散らかされた服をせっせと集めたときには、嶋本はもう寝息をたてていて。
さとりは思わず微苦笑する。
「なんなのよ、試練であたしの思いって」




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