それは高嶺を伴っての普段の出張だった。
飛行機が離陸してしばらくした頃。真田が手元の書類を見ていた時、声をあげるキャビンアテンダントがいた。
「お客様に申し上げます、お医者様か医療関係者の方はいらっしゃいませんでしょうか? 具合が悪くなった方がいらっしゃいます」
高嶺がちらりと真田を見る。真田は小さく頷いた。
真田は左手を上げて、男性アテンダントを呼んだ。アテンダントは慌てて近寄ってきて、開口一番聞く。
「お医者様ですか?」
「いえ。海上保安庁特殊救難隊のもので、こちらは救急救命士の資格もあります。医師がいない場合はある程度の対処ができますが」
「海上保安庁?」
一瞬首を傾げた男性アテンダントは、しかし判断は早かった。
「わかりました。一度おいでていただけますか? 各フロアにお声をかけていますので、もしお医者様がいらっしゃったら、補助をしていただきたいんです」
「はい」
真田が一度座席から立ち、高嶺を通した。
「いってきます」
「ああ」
真田に目礼して、高嶺は去っていった。
結局高嶺は着陸しても帰ってこなかった。
代わりに男性アテンダントが医師がいたが、医師の補助をしてもらっていると言って、申し訳なさそうに頭を下げた。
そして着陸寸前に、患者の容態は安定しているとも教えてくれた。
高嶺の荷物も持ってタラップを降りれば、子どもを抱きかかえた女性を見た。子どもはいくぶんぐったりとしていたけれども、母親にしがみつくほどの余裕があり、その手には点滴の針が刺されているようで点滴の輸液パックをすぐ後ろを降りてきた高嶺が持っていた。
「高嶺」
「隊長」
タラップの下には、待ち構えるように救急車と救急隊員がいて。高嶺はその一人に輸液パックを果たして二言三言伝達して、その場を離れた。
「重病じゃなかったようだな」
「いいえ、処置が早くてよかった」
高嶺が溜息混じりに呟いた病名は一歩間違えれば死亡しているもので。真田は瞠目する。
「あの子は運が良かった……処置をした医師が小児科だったんですよ。あ、氷野先生」
タラップを降りてきた大柄の女性が、高嶺に一礼して救急隊員にいくつか指示を出している。促されて救急車に子どもを抱えた女性が乗り込みながら、声をあげた。
「氷野先生、あの、なんてお礼を言えば」
「いいえ。気づくのが早くてよかったです。そちらの病院には私から連絡をしておきます。気をつけて」
最後の言葉は母親らしい女性ではなく、救急隊員に向けられたもので。隊員はびしりと敬礼を決めて見せて、手際よく救急車のドアを閉めて、救急車は赤色灯を回しながら、去っていった。氷野先生と呼ばれた女性はひとしきり見送ってから、大きく深呼吸をして。
それから振り返り、高嶺と真田に言った。
「でもよかった、早く処置できて。まさか特救隊の方が、それも救急担当の方がいらっしゃるなんて、あの子もついてましたね」
「ええ」
「失礼ですが」
真田の促しに、女性は背筋を伸ばし、しかし微笑みながら言った。
「氷野、さとりと言います。京阪大学付属病院で小児科医をしてます」
「真田です。海上保安庁第3管区所属羽田航空基地付属特殊救難隊第3隊隊長です」
スーツ姿のまま敬礼した真田を高嶺は呆気に取られて、さとりは微笑みのまま受け取って。
「略して、特救隊、ですよね?」
「ええ」