「おはよ」
朝の挨拶がわりのキスを、額に落とせば返ってきたのはいくらか鼻をくすぐる酒精と、低い声。
「おはよ〜さん………飲みすぎた」
「うん。そうだね」
それでもさとりは遠慮なくカーテンを開けた。
燦燦と降り注ぐ陽光に目を細めてから、まだ布団の中でもぞもぞと動く嶋本を見やって。
「進次、二日酔い?」
「あ〜、そんな感じ……」
「うん、わかった。でもお布団干したいから、こたつでごろごろしようよ」
要救助者のようにひきずられてこたつに放り込まれて、嶋本は少し音が反響してしまう頭を抱えて、小さく丸まった。
嶋本の朝は、早い。
だからどんなに前日夜更かししても、どんなに浴びるように酒を飲んだとしても、昼には目が覚めてしまう。
夜型の友人たちのように、休日だから目覚ましをかけ忘れて、気づけば丸一日寝ていた…というのはありえない。
少しズキズキと不調を訴える頭に気づきながら目覚めたのはスイッチの入っていないこたつの中で。
さとりの静かな足音が響いていた。
「えっと……あ、そうだ。ウインナーウインナー」
さとりの独り言を聞いていたら、さとりが何をしているのか見なくてもわかった。
「レタスレタス……」
さくさくとレタスをさく音。
「んん? ドレッシングはどこだったっけ……」
冷蔵庫の扉の方や。
「そうだ、冷蔵庫……あったあった。あ、たまねぎも入れちゃえ。スライサースライサー」
食器棚の一番下の抽斗やで。
「確か食器棚の……」
ちゃんと場所を把握していることに、嶋本はこたつの中で小さく笑った。
寝ている嶋本に遠慮してか、独り言もそれ以外の音も至極ひそやかだったけれど。
ガシャン。
「あつ!」
思わずあがった声に、嶋本は飛び上がった。
そのまま立ち上がろうとして、自分がどこで横になっているのか忘れていた。
ゴン。
いい加減二日酔いで音が響くのに、コタツに頭をぶつけて、思わず悲鳴のような声を上げながら、嶋本はコタツから飛び出した。
「いった! おい、大丈夫か!」
「え?」
コンロにかけていた鍋の位置が、少しずれていたようだった。
持ち上げようと取っ手を持とうとした瞬間、取っ手の思った以上の温度の高さに手を引いた。
少しばかりこぼれた熱い雫が、腕に数滴散って確かに熱かったけれど、むしろびっくりしたのだ。
だがそれ以上に驚いたのは一度コタツが大きな音を立てて持ち上がり、何かと思えば嶋本が声を上げながら飛び出してきたから。
「なんや、たいしたことないんか」
「うん。それより、アイスノンででも冷やしたほうがいいね……これ、コブになるよ?」
さとりがそっと嶋本の頭をなでれば、嶋本は眉をひそめて。
「触るな、痛い」
「内的外的傷ってやつだね」
さとりがくすりと笑うと、嶋本は機嫌悪そうに言った。
「なんや、それ」
「中から外からってこと」
「ふんだりけったり、いうことか」
「うん。そうともいう」
ふんと鼻を鳴らしてすねてしまった嶋本を置いて、さとりは冷凍庫から保冷剤を、脱衣室からミニタオルを持ってきて嶋本の頭に乗せた。
「少し冷やしてて。お昼ごはん、作っちゃうから」
「おう」
目を閉じれば、さとりがぱたぱたと料理をしている音が聞こえてくる。
頭が痛かったけれど、嶋本は思わず小さく笑ってしまう。
これが一人じゃない、生活の音なんだと。
ささやかなことだけど、これが結婚するということなのだろう。
悪くない。
嶋本は心底、そう思った。
悪くない。