「ねえ、進次」
「あ〜?」
「進次ってば」
「だからなんや?」
「結婚、しよっか」
「そやな〜………って、なんやて?」
さとりは晩御飯の後片付けでシンクに向かいながら。
嶋本は風呂上りで、濡れると一層目立つ天然パーマを無造作にガシガシとタオルで水分をふき取りながら。
ビールビールと冷蔵庫に顔を突っ込んで、嶋本はさとりの鼻歌交じりの台詞に慌てて頭を上げたが。
「あ、コップも冷えてるよ。あたしも飲むから二つとって」
「……おい、それよりさっきの」
「うん。はいはい、コップ持ってきてね」
呆然としている嶋本の手からビールを取り上げ、さとりはテーブルに向かう。嶋本も慌てて冷蔵庫からコップを取り出して、さとりの後を追った。
「お、おいって」
「ん?」
「さっき、結婚しよかって言わんかったか?」
「ん〜?」
さとりはにっこりと笑って。
「言ったね」
「言ったね、じゃないわ。何の話や。隊長だけやない、お前まで俺の翻訳機能使う気いか!」
そのいいようにさとりは思わず吹き出した。
大笑いしているさとりの前に座りながら、嶋本は不貞腐れた表情を見せて。
「なんや、それ」
「ごめんごめん、もしかして進次の翻訳機能ってあたしで鍛えられたのかなって」
「………もうええわ」
「ごめんって」
生乾きの髪をぽすっと触って、さとりはまだ眦に笑い涙を残しながら言う。
「進次」
「………」
「その翻訳機能で考えてよ。あたしがなんで結婚しよって言い出したか」
「…………わからんわ。あんまりにも脈絡なさすぎる」
「そっか。確かにね」
さとりは小さく溜息をついて。それからビールのプルトップを空けて、互いのコップに注いだ。
「あのね、進次。じゃあ、ヒント」
「ヒント?」
さとりは一口ビールを飲んでから、
「そ、ヒント。あたし、9月いっぱいで京阪、辞めることにしたの」
「え?」
嶋本が呆然とさとりの顔を見ているのを、さとりは楽しそうに見て。
「ほら、考えて。何で結婚しよって言ったか」
だが嶋本の応えは低く。
「さとり」
「ん?」
「……まさか、主婦する気やないよな?」
「すごい、翻訳機能全開だね。でも、それは外れ。ヒントが遠すぎたね」
さとりはよく冷えたコップを両手で包み込むように握って。
嶋本はさとりの両手をみつめて。
「大阪引き上げて、俺と結婚して、家庭に落ち着く気ぃかと思うたんやけど…ちゃうんか」
「うん、最初しか当たってない」
「じゃあ、なんや」
さとりは冷えたコップが次第に結露していくのを見つめながら言った。
「横浜に移ろうと、思ってるの」