「これはどちらに?」
「それは隣の部屋の奥へ。あ、そのダンボールはこっちです」
てきぱきとスタッフにダンボールの場所を指摘しながら、さとりはベランダに向かうガラスを開けた。
嶋本が仕事に出かけてから2時間ほどだろうか。10月に入ったとはいえ、まだ夏の淀みない暑さは部屋の気温をわずかに上げていた。
休みを取ると言い張る嶋本を説き伏せるのは少し大変だった。
『なんでや。俺がおらん間にどんな荷物運びこむっちゅうねん』
『いや? 普通の荷物だよ。まあ、他の人に比べて小難しい本が多いくらい?』
『だからお前の書斎に入ってすぐの部屋を使えばえいやん。その運び込みかて、さとりだけやったら』
『……進次』
『なんや?』
『あのね。今は運送会社がダンボール運び込んでくれるんだよ』
『そないなこと、俺でも知ってるわ』
これからだっていろいろと休みを取ることが増える。
だから、自分ひとりで出来ることは自分でした方がいいと思う。
さとりにそう諭されて、嶋本は溜息混じりに引き下がり。
『やけどな、さとり。早退はせえへんけど、定時あがりで帰ってくるのはかまんやろ』
くすり。
そんなことまで許可を求めるのは、どうかと思うが。
口の端に浮かんだ微笑は、指示を求める業者の声ですぐに消えた。
「は〜、二人分の荷物が入ると、やっぱ狭うなるんやな」
嶋本家の玄関を開けて、嶋本が最初に行った言葉だった。
エプロン姿のまま、さとりがひょいと顔を出した。
「あ、やっぱり。お帰り」
「おう」
挨拶のような啄ばむキスを交わしてから、嶋本は家の様子を見て回った。
「うわ、ほんまに小難しい本ばっかりやな。俺の雑誌の百倍くらい本があるやん」
「そりゃ職業柄ね」
「お〜、さとりの服が入るとクローゼットもそれなりに埋まるんやな」
「なにそれ。あたしの服って多いってこと?」
嶋本は肩をすくめて応えた。
「女物と男物じゃあ、量が違うのは仕方ないやろ?」
「あ、そうか」
簡単に納得して『食事の用意するからね〜』と姿を消したさとりの、嶋本しか感じ取れないだろう変化に嶋本は小さく長く溜息を吐いた。
少し、不安定だ。
さとりは絶対にそれを認めないだろう。というより、自分でもそんな変化に気づいていない。
だから嶋本は指摘しない。
「少し…様子見た方がえいな」
「なんか言った?」
顔を出したさとりに嶋本は平常を装って笑う。
「いや?」
「着替えたらご飯にしようよ。おなか空いたから」
「待てや、俺は先にシャワー浴びてえいか?」
「あ、うん。お風呂沸いてるよ」
多分、あれやな。
嶋本は着替えながらふとさとりの変化の原因を思い至る。
明日、新しい病院に行くて言うてたな…。
やっぱり、ちょっと様子見た方がえいな。