「……急な話だな」
真田の言葉に、嶋本は小さく溜息をつきながら項垂れた。
「無理ッスよね? やっぱ再来月の休みにすればよかったですかね」
「………いや。自分は特に用事も無いので問題なく出席できるが」
真田がちらりと横に立つ高嶺を見上げれば、高嶺も柔らかく頷いて、
「自分も問題ないですよ。来月の25日ですね」
「その日は……」
ちらりと出勤表に目を通して、真田は応えた。
「3隊と6隊が休養日だな」
「あ、さとりに言うたらその日でええんやったら、古藤さんも出てくるって言うてるらしいです」
片二重の双眸で数度瞬きをして、真田は穏やかに笑った。
「そうか、古藤隊長が」
「まったく急な話だな」
鼻息も荒く、椅子にどっかりと腰掛けながら古藤はさとりに抗議する。
さとりは苦笑しながら頭を下げた。
「すみません、お騒がせして」
「ほんまに……いや、さとりちゃんに怒ってるんやなくて、嶋にだからな」
「はいはい」
久しぶりに関西に帰ってきたさとりは、何よりも最初に古藤の元に足を運んだ。
『結婚式、することになったんですよ。来月の25日なんですけど』
「行く。何がなんでも行く」
「うん。そういうと思って、お願いがあってきたんだけど」
「お願い?」
古藤は小首を傾げて、続いたさとりの言葉に一瞬言葉を失い。
すぐに満面の笑みに表情を変えた。
「ほんまに?」
「うん」
「ほんまに、ええんか?」
「うん。嘉治にいちゃんにしか、頼めない」
おばあさまの許可も出てるから。お願いできない?
さとりの少し不安げな言葉に、古藤は言葉ではなく、激しく首を横に振ることで応えを示した。
「する! 俺以外の誰にもさせへん!」
「あ、ほんとに? よかったよかった。牧師さんが一人でもいいけど、やっぱり二人がいいよって言ってくれたからね」
おばあさま、なんていい人!
見たことも無い『氷野理子』に感謝しながら、古藤は小さくガッツポーズをとった。
父親がいないさとりだが、母方の伯父が二人もいる。それほどの交流がないけれど、頼むならその二人だと思って、さとりは報告をかねて理子に相談したのだ。すると意外にも理子からの返事は、
『あの二人に頼むくらいなら、さとり、自分でお世話になった方に頼みなさい。どうせ、仕事が忙しいからとかであなたの結婚式もサボるつもりでしょうから』
さらりと告げられて、まさかと思いつつ連絡を入れれば。
福岡で内科医をしている上の伯父・要一郎は、『手術の予定が入っている』、
北海道で外科医をしている下の伯父・遵二郎は、『ヨーロッパへ研修に出ている』、
つれない返事が返ってきた。
理子に報告すれば、眦をきりりとあげて、
『どうせ私の顔を見たくないからでしょうに。まったく、手術? 執刀が怖くて外科になれなかったのに。研修? 製薬会社の接待旅行に決まっています! だから言ったでしょう。介添えは違う方にお願いしなさいって』
身内の義理として、伯父二人を立てることが間違っているような理子の言いようにさとりは苦笑するしかなかったけれど。
「じゃあ、お願いするね。嘉治兄ちゃん」
「おっし、バージンロードを歩くのは自分の結婚式以来やな。さとりのウェディングドレスはきれいやろうな」
「姉さんが作ってくれてるんだよ」
「へえ、楽しみやな」