着慣れないドレス。
履きなれないヒール。
その全部を脱ぎ捨てて、さとりは手早く綿100%のパジャマを着て。
「は〜、生き返った〜」
「あ? なんや、脱いでしもうたんか。もうちょっと見たかったのに」
嶋本が缶ビールをさとりに渡しながら言う。
さとりも受け取りながら言い返した。
「だって重いし、締め付けるし」
「やけど、さとり。よう似合うてたんやけどな」
プルトップを空ければ、プシャと音がして幾分はみ出しかけたビールに嶋本は慌てて口に運んだ。
「ホンマに?」
「嫁にお世辞言うてどうするんや。綺麗なもんは綺麗やし、そんな嫁をもらえる俺が幸せもんやと思うたのもホンマや」
にままと笑って、嶋本はベッド脇に座る。
「お疲れさん、やったな」
「うん。進次もね」
嶋本はベッドの上で。
さとりはソファの上で。
それぞれ缶ビールを少し高く掲げて。
声をそろえた。
「乾杯」
「なんに?」
「そやな…二人の未来に」
「うわ、気障」
「うっさいわ。じゃあ、なんに乾杯するんや?」
「う〜んと」
さとりは考えて、そして言った。
「今日の二人に」
「………似たようなもんやんか」
「ま、とにかく」
今度はさとりがベッド脇に移動して、嶋本の缶ビールにこつんと当てた。
鈍い金属音が聞こえた。
さとりは微笑んで言った。
「乾杯ね」
4月とはいえ、夜は寒い。
パジャマの上にジャケットを羽織ってさとりはベランダに出てみる。
一瞬身体に染みとおった冷気に身体を震わせ。
座り込みながら空を見上げた。
都会の汚れに負けることなく、輝きつづける星がいくつか見えた。
わずかばかりの星たちと、地上に広がる高速道路の架橋を眺めて、さとりは再び感じた寒さに肩をすくめれば。
ふわりと暖かさと重さを伴って嶋本がのしかかった。
「何しとるんや。風邪引くで?」
「うん」
「まして座り込んだら余計寒いやないか」
「座ったら星が見えるかな〜って。でも、あんまり見えないね」
「あたりまえや、ここは都会の真中やで」
そうだねと応えながら、だがさとりは立ち上がらない。先に身体を起こした嶋本が促せばようやく立ち上がり部屋に戻った。
「どないした、今日は疲れたんやなかったか?」
結婚式というのは結婚する二人が祝福されるのではなくて、結婚する二人が回りを接待するものだったんだねとさとりが言ったのだ。ビールで乾杯して、二人は早々に寝入ったのだが、嶋本がさとりの動く気配で起き出してみれば、ベランダに向かっていたのだ。
「うん」
「?」
「夢、見たの。父さんと母さんの夢。なんだろ……なんか二人があたしに言いたそうだったんだけど、わかんなかったの」
「……そうか」
夢を見て目が醒めた、ということか。
「ねえ、今日から3日休みなんでしょ?」
「ん? どうした、旅行でも行くか?」
新婚旅行はもう少し落ち着いてから行こうといったのはさとりだった。だからさとりも同じくらいの休みしかないはずだ。
「うん。東北へ」