108 食べられません





それはいつもの飲み会だった。
ほんの少し珍しいのは、そこに五十嵐が参加していたことで。
3隊と、6隊と、航空の面々。
総勢20人の中で、五十嵐一人が女性だった。
宴たけなわで始まった話題は、自分の食べ物の好き嫌いについて。
高嶺が食べられるけれど、セロリが苦手だとか。
黒岩がキャビアはただの魚の卵じゃ〜と叫ぶ様子も、あまり見られるものではないから嶋本はにこにことアルコールも手伝って人の嫌いな食べ物をインプットしていた。
「そういう真田はどうなんだYO」
「自分は」
真田は胸を張り、
「一味唐辛子をビン一本は食べられない」
「あたりまえじゃ、そんなん食える奴おらんわ!」
酒の故か、天然ボケか。
真田は続ける。
「自分の高校時代の友人はラー油を一日一本使い切っていた。だが、自分はどうしてもそこまでは……」
「おい、誰かこのロボット、修理しとけYO、嶋ぁ」
「なんで俺なんですか」
「このロボットのメンテはお前の仕事だろうが」
がははと笑う黒岩の向こうで、五十嵐が小首を傾げて言った。
「そういえば、嶋。あなた…」
嶋本の背筋が伸びた。



きゅうりの煮たの、食べられるようになったの?



「い、いがらしさん……」
「あら。だってもう何年も前の話でしょ。あのふにゃふにゃ感が嫌だって、巡視船でそれだけ避けて食べて、古藤隊長に散々怒られてたじゃない」
「いや、だから……」
五十嵐を止めようとするけれど、周囲の不気味なまでの穏やかな視線が気になって気になって、嶋本は振りかえることも出来ない。
「聞けば、奥さんすっごく料理が得意なんでしょ? じゃあ、きっと克服しちゃったんでしょうね。面白くないわ」
面白いこと、あるか!
内心で叫んでみても、周囲の穏やかな視線が気になった。ゆっくりと振り返れば、高嶺と真田以外の全員が生温い微笑を浮かべて。
「ほう」
「嶋、きゅうりがダメか…」
「しかし、今日の昼食はポテトサラダが入っていたな。嶋の弁当は、さとり先生が作っているのだろう?」
至極冷静な真田の言葉に、嶋本はぎくしゃくとした動きで言葉を返した。
「あの、その……生は食えるんですけど……」
「ほぉ」
「きゅうりが煮たのって、その……ふにゃふにゃしてて、消しゴムみたいで味、ないですよね……」
全員の動きが止まった。
五十嵐が眉を顰めているのが見えて、嶋本は慌てて言葉を紡ぐ。
「小学校の給食に出たのって、消しゴムみたいな味したんですよ。全然! おいしうなかったし」
最初に立ち直ったのは、いや、最初から行動を止めていなかった真田が静かに言う。
「消しゴムを食べたことがあるのか?」
「いえ。ないですけど…」
嶋本の言葉で、全員ががっくりと肩を落とす。
「じゃあ、なんでおんなじ味だってわかるんだよ、変だろが!」
「すいませ〜ん、きゅうりの煮たのないですか〜」
誰かの声に、嶋本は慌てて逃げようとするが、意外にも真田につかまった。
「嶋本」
「ぎゃ、なんで隊長……堪忍してくだいよ」
「いや。お前のためだ。許せ」
「許せ、じゃないですって!」
居酒屋に嶋本の悲鳴が響いた。



玄関のロックが外れる音に、さとりは書斎から顔を出した。
「おかえり……って、なんかあった?」
少しばかりズタボロになって帰ってきた夫の姿に、さとりは目が点になる。
「さとり……」
まるで捨てられた子犬のような痛々しい表情にさとりは驚きながら、嶋本の言葉を促した。
事情を聞いて、さとりはわかっているけれど、思わず苦笑する。それを見て、嶋本が声をあげる。
「さとりもか! ひどい…」
「ああ、ごめんごめん。ま、お酒の席だからね。きっとみんなの加減がわかんなかったんだね」
さとりは、微笑みながら言った。
「じゃあ、今度進次がわかんないようにきゅうり、入れてあげるよ。で、何回か食べたら教えてあげる。そしたら、きっと自信つくでしょ」
「…………ほんまに」
「うん。誰だって食べたくないものの、ひとつや二つはあるもんですって」



「ちなみに、さとりは何が嫌いなんや?」
「ん? カエルの足。昔宴会で出されたんだけど、研究室で解剖したカエルをそのままから揚げにしたものだったんだって。で、二度と食べられません」
「…………そんな経験、普通はないやろ」
「うん」




← Back / Top / Next →