傘に当たる雨粒の音は、本当に密やかなもので。
耳を澄まさなければ聞こえないほど、小さかった。
だが小さな雨は、二人の上に降る。
外灯の光を受けて、まるで銀の細い糸のように。
「どうやったんや?」
「ん?」
「久しぶりにモトカレに会うたんやろ? どうやった?」
「ん〜」
さとりは微笑みながら小首をかしげる。
相変わらずな、男だった。
つかめない。
つかませない。
自由奔放に見えるけれど、決してそのようには振舞わない、男だった。
そして、それは何一つ変わっていないように思ったけれども。
「なんだろなぁ……ルックスも性格もいいんだけど、やっぱり何か違うなぁって思った」
「あ?」
「進次と、比べちゃったかな」
さとりは満面の笑みで。
1歩先を進む嶋本の横顔に言った。
「進次の方が、絶対いいって思ったよ」
「………モトカレとだんなを比べるんかい」
「うん」
にままと笑う嶋本が一瞬立ち止まってさとりと歩を並べる。そしてさとりの横顔を見つめながら言った。
「なあ、さとり」
「ん?」
「俺と結婚して、よかったんか?」
さとりの答えは早かった。
「うん。よかった」
「……早、ちっと考え!」
「ん〜、でもね」
考えても考えても、良かったと思うんだ。
進次と知り合えて。
進次とつきあえて。
進次と結婚できて。
「あたしって、幸せ者♪」
「………さとり、惚気てくれるんは、ありがたいんやけどな」
そこまで言われると、かなり恥ずかしいぞ。
嶋本は赤い顔を隠すように俯きながら、照れ隠しに言った。
「なんや、そうか……」
「うん」
さとりが『モトカレ』と食事に行く、と聞いたとき、少し心がざわめいた。
さとりがモトカレとどうこうというより、それを聞いて自分の心がざわめくのが嫌だった。
家で大人しくさとりを待つのが嫌で、小雨だったけれど迎えと称して家を出た。
そして聞かされた惚気。
思わず顔がにやけた。
嬉しかった。
「俺も」
「ん?」
「俺も幸せ者やな。さとりと結婚できて」
「うん。だったら、幸せ者夫婦ってことで」
「……そういうくくりかたはなんや、ひっかかるけど…ま、えいか」
「うん」
さとりの手が、嶋本の腕に回った。
僅かに漂う酒気が、アスファルトの濡れた匂いに重なった。