「よう、日帰りコースじゃなかったのか?」
かけられた声が黒岩のものだとすぐに気づいて、嶋本は資材を片付けながら、
「タイム・スケジュールが合わんかったみたいですよ。あの辺は空自も、アメリカさんもいてはるし」
「どこだったんだ?」
「佐世保です」
「あ、なるほど」
ふむふむと納得した様子で、黒岩はしかし、嶋本の顔を覗き込んだ。
「なんか、あったんか?」
「いいえ、なんにも」
「……まあ、お前らトリオでなんかあるなんて思ってないけどよ」
何かあるというのは、何かミスをするという意味で。
嶋本は溜息を吐きながら、
「黒岩さん」
「ん?」
「真田隊長って、なんでああも引き寄せるんですかね」
「なにを?」
「うでだめし……?」
「ああ、なるほどね」
それが正しい言い方か、嶋本には分からなかったけれど。
得心したように、黒岩がうんうんと頷いて。
「あれは、そういうものを引き寄せる性質だからな」
1万2千人の保安官の中で、潜水士は100人をわずかに超えるほどしかいない。
それほど体力・知力・経験を問われる仕事だ。
そんな潜水士の中でも、特殊救難隊隊員はたった36名しかいないのだ。
つまり、優秀な潜水士から選りすぐられたものだけがなれる。
だから、腕におぼえがある潜水士が『神兵』に腕試しを挑むのも分かる気はするのだ。
するけれど。
帰りの準備がつかず、翌日になると特救隊では地元の『うまいもの』を食べに行く。そうなると当然、地元の保安官に聞く。そうなれば、
『では、私たちがご案内しましょう』
その次は、血気はやる若い潜水士によるうでだめしが始まる。
毎度毎度のことで、もう慣れたけれど。
時折は神兵に挑む若者を軽くいなすテクニックまで身につけたけれども。
だが。
「昨日のは、なかなか強敵でしたよ。結局、3番勝負しちゃったし」
「ほお、珍しいな」
黒岩の言葉に頷いて、嶋本が言う。
「ボンベ背負うて100b、ボンベ付きで腕立て伏せ、それから無呼吸潜水ですわ」
「なんだ、フルコースじゃないか」
さすがに黒岩の予想を越えていたようで、黒岩も眉を顰めながら言う。嶋本は肩を竦めて、
「班長さんが潜水同期だったらしいですよ。名前で呼び合おうてましたから…」
だが、嶋本は不意に思い出す。
縋りつくように、救うことの意味を問う若者に、真田が言った一言。
「救うことが、楽しくないか?」
「嶋?」
「……いやあ、結局そいつのぼろまけでしたけどね。ただ……ああいう、おめめきらきらには隊長、弱いんかと思うて」
「おめめ、きらきらだったのか」
「それはそれは、見事なまでに」
あまりにも印象が強い、双眸だった。
まっすぐに、見つめて。
その意思が全面に押し出されているような。
嶋本はあきれ返って、それをみていたけれども。
だが、真田の言葉に、黒曜石のような双眸がきらきらと輝いたのを覚えている。
元気よく返された返事に、あまりにも単純だと思ったことも。
「いやあ、みごとなごーいんぐまいうぇいなにいちゃんでしたけど……」
「けど?」
「……隊長なみの、レスキュー馬鹿かもしれないって思いましたわ」
「真田なみか」
「ええ」
「……そんなのが特救隊に来たら大事だな」
「まっさか」
あははと笑う嶋本が、数ヵ月後に見せられた新たな入隊者の名前に、『おめめきらきら』の名前を見つけて絶句するのはまだ先の話。