123 高嶺の選択





パタンとロッカーを閉じて。
嶋本は大きな大きな溜息を吐いた。



休憩時間にさとりは携帯を覗いた。
メール着信あり。
一人しか登録されていないフォルダーのアイコンが変色しているのを見て、さとりは微笑んだ。
「帰ってきたかな……ん?」



さとりへ。
今日は高嶺と飯食うて帰るわ。
すまんな。



「すみませんね、新婚さんを引っ張り出して」
「ええけど……珍しいなあ、高嶺さんが俺だけを誘うのって」
それに、と嶋本は辺りを見回した。
「こんなとこ、知らんかったわ」
「金城隊長に教えてもらったんですよ。でも特救隊の宴会はここではできないんです」
狭い店だった。
カウンターと奥に座敷がある様子だったが、貼られたメニューや並べられた泡盛のビンが、いかにも沖縄料理店の雰囲気をかもしだしていた。
「狭いから、入らん?」
「違います。泡盛ばっかりなので、要救助者が増えすぎるからです」
これは金城隊長の受け売りですよ。
高嶺が苦笑しながら、カウンター越しにオーナーが差し出す皿を受け取りながら言った。
嶋本は確かに、並べられた泡盛を次から次へと隊員たちが開ければ、高嶺の言うとおりになるだろうと想像して、ぞっとする。
「勘弁や……」
「はいどうぞ、ラフティーですよ」
次から次へ出される珍しい沖縄料理の数々に、嶋本はほくほくと幸せ顔で舌鼓を打つ。
「あ、これ。さとりが時々作るんや……ゴーヤ」
「ゴーヤチャンプルーですか? 奥さん、料理上手なんですよね。いつも満載のお弁当だし。昨日もそうだったでしょ」
「夜勤の時は弁当作るな言うんやけど、聞かへんのや。あ、夜勤はあいつの方な」
「羨ましい」
まったく羨ましいという表情を見せず、淡々と告げられた高嶺の言葉に、嶋本の片眉があがった。
「ぜんっぜん、羨ましそうに聞こえへんけど」
「そりゃそうでしょ。自分はまだ一人身を楽しみたいから」
「あ〜あ、そういうヒネクレモンは結婚したいて言うときに、相手がいてへんのやで〜」
「孝行したいときに親はなし。結婚したいときに相手なし。ですか」
「なんやそれ」
ひとしきり笑って。
嶋本は高嶺を見た。
「………励まして、くれてるんか」
「そう、見えますか?」
「……見えるのは俺だけか?」
「いや、むしろ」



一人の家に帰れば、きっと考え込んでしまうから。
それだけですよ。



高嶺の、男にしておくにはもったいないほどの長さと豊かさを誇る睫を見つめながら、嶋本は長く深い溜息を吐いた。
「そう、やな」
「間違ってない、と私は言い切れます。嶋の判断。私の判断。隊長の判断。だけど」
高嶺と嶋本は同い年だ。
保大出身の嶋本と違って保校出身の高嶺の方が潜水士暦も長く、必然的に特救隊では3年先輩にあたる。だが、同い年の気安さか、嶋本の敬語がなくなることがあっても、高嶺だけは敬語を崩さない。それがしみついているのだ。
そんなことをぼんやり思い出しながら、嶋本はいつになく長い高嶺の話を聞いていた。
「あの神林という子が、羨ましいと思いました。何の考えもなく、何の迷いもなく、命の危険に自分を晒せる。それは…自分たちには出来ません」
「………」
一口含んだ泡盛は、身体の中から熱くする。
昨日、潜れないと宣言した嶋本。
沈み行く遊覧船に、真田の名前を呼んで絶叫した。
昨日の嶋本の選択は、そのまま高嶺の選択だった。
「誰も……間違うてへん」
「そうです」
「俺も、隊長も………神林も」
「ええ」
「………正解は、どこにあるんや」
「それは答えられません」
高嶺も泡盛を一口嚥下して。
「自分もその正解を知らないし、正解があるかも分からないですから」
「………そうやな」




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