夜中のチャイムに玄関を開ければ。
大きな背中に、小さな背中が張り付いていた。
「あららら……進次……」
「夜分にすみません。よろしければ、寝床まで運びますけど」
真田の言葉に、さとりは甘えることにした。
前後不覚の体で眠っている嶋本を、手際よくベッドに放り込み、服を着替えさせて。
さとりは居間でお茶をすする二人に頭を下げた。
「お手数かけました」
「いや、よくあることですから」
「え?」
さとりは瞬きする。
酒豪の嶋本が、ここまで酔いつぶれて帰って来ることは滅多にない。
高嶺が慌てて真田の言葉を継いだ。
「いえ。よく酔いつぶれた他の隊員を家まで運ぶことがあるので」
「あ、そうなんですか……海保の人って、ホントに全力で飲み会しますものね」
にこやかに笑うさとりを見て、真田は思い出した。
関西にいた頃に、よく古藤に引っ張り出されて海保の飲み会に参加していたと言っていたことを。
「最近は少なくなりましたけど、よし…古藤さんなんか酔っ払ったら、あたしに電話してくるんです。職業柄、携帯を手放せないので」
さとりは苦笑しながら、真田に言った。
「お茶、おかわりしましょうか?」
「いや。遅いので失礼します」
立ち上がった真田が、ふと思い立ったように言った。
「さとり先生」
「はい」
「ひとつ質問しても?」
「……はい?」
「日本を離れることは、不安ではないですか?」
「え?」
さとりは座ったまま、真田の片二重の双眸を見上げた。
静かに。
穏やかな双眸が、静かにさとりを見下ろしていた。
「ちょっと隊長」
慌てて高嶺が割って入ろうとするけれど、さとりは一瞬言葉につまっただけで。
すぐに答えを紡ぐ。
「不安、ですよ。寂しい、ですよ」
「………そう、ですか」
「進次にも、そういう感情を与えていると、思います。それくらいは…それくらいはわかっているつもりです」
穏やかな答え。
だが、さとりは決然と言い放つ。
「でもそれでも、あたしは行きたいんです。自分のために。傲慢な言い方でしょうけど。進次には悪いと思いますけど。でも、進次にそんな思いをさせるからには、中途半端では終わらせられないんです」
それは誰にも告げたことのない、思い。
準備を整えるさとりの傍で、嶋本が時折見せる影に、さとりが気づかないはずがない。
気づいていても。
行く、と決めた以上はそれは触れてはならない、領域。
嶋本の寂しさに。
さとり自身の寂しさに。
凝視してしまえば、心の奥底に閉じ込めたはずの思いが吹き出しそうで。
だから、前を向くしかない。
進むしかない。
そういう道をさとりは選び、
そういうさとりを、嶋本は選んだのだから。
だから、さとりは嶋本に声をかけない。
寂しさを告げない。
進むこと。
そう、決めたから。
「真田さん、高嶺さん」
さとりは二人を見上げて。
深々と頭を下げた。
「嶋本を、お願いします。再来月からは教官もしなくちゃいけない大変な時期にあたし、いなくなっちゃうけど。進次はきっと愚痴を言ったりはしないと思うから」
「……もちろんです」
「我々に出来ることは、しよう」
頼もしい答えにさとりは、安堵したように小さく笑った。