「元気そうで、安心したわ」
それが彼の最初の言葉だった。
嶋本も満面の笑みで答える。
「俺も安心しました。病気、完治したってさとりに聞きました」
「うん。手術のときの過誤で後遺症は残ったけどな」
見せるさわやかな笑顔。
流れるような関西弁。
どちらも彼ならではだ。
曽田淳一郎、かつての嶋本の上司で、同僚で、バディだった、男。
「すまんかったな」
ぼそりと告げられて、嶋本は首を傾げる。
「あ〜……」
続く言葉が見つからない。
言葉に困って、煙草をくわえて何も見えない夜空を見上げた。
夜更けとなっても、地上の光に照らされて中途半端な暗さしか纏わない夜空。
その上に僅かにかかる雲が、地上の輝きを反射していた。
そんな風景をなんとなく見つめて。
嶋本はふうと、紫煙を吐き出した。
そして呟くように言った。
「もう、いいんですよ」
「……やけど」
「えいんですよ、曽田さん」
曽田さんだけが悪いんやないことは、俺でも分かってます。
呟くように、しかし力強く告げられた言葉に曽田は顔を上げた。
嶋本の口元に浮かんでいる穏やかな微笑を見つけて、小さく溜息を吐いて。
「やけどな、俺はお前だけやない。さとり先生まで巻き込んだ」
「そうですね」
「………さとり先生を、そうするつもりはなかったけど、結局利用したことに、なるやろな」
「わかってます。さとりも、俺も……でも、曽田さんがそうするつもりでしたんやない、って信じてますから」
曽田が僅かに目を見張った。
嶋本は続ける。
「結果としてそうなっただけです。それは……わかったときはショックでしたよ? なんでそんなことになったんか、いろいろ考えて。いろいろ変なこと言うた奴もおったし。でも、曽田さん」
近くにあった灰皿に、僅かに残った煙草を押し当てて消して。
嶋本は笑う。
「俺が思うてた曽田さんは、きっと結果だけ見てもきっとずっと後悔してるやろうと思うから。やから、なおのこと、もう忘れることにしました」
「嶋……」
「忘れます。曽田さんは今までどおりにしとってください。俺やさとりに罪悪感、持たんといてください。そんなことしたら……」
俺とさとりが悩んで、考えて、それでも一緒に歩いてきた意味を無くすから。
曽田は再び口を開きかけて。
だが途中で言葉を飲み込んで、深く長い溜息をはいた。
「そうか」
「……はい」
「じゃあ、俺は一回しか言わへんで。すまんかったな! お前にも、さとり先生にも心配、かけて」
「あ、はい」
「……嶋」
「はい?」
見上げたかつてのバディは誇らしく微笑んで。
「ええ男になったな」
「そう、ですか?」
「そうや。俺の自慢の、後輩やで」
「……ほんまに?」
「ああ」
晴れやかな嶋本の笑顔を、曽田は一生忘れないでおこうと、心に誓った。
傷つけた。
その優しさゆえに、バディを、その恋人を巻き込んで、傷つけた。
自分は肉体的傷を。
バディと、その恋人には精神的傷を。
バディが巡視船に残していった、拳のあとを曽田は忘れない。
そして、同じようにバディの晴れやかな笑顔を忘れない。
そうすることが、かつて共に歩んだバディでの贖罪。
曽田さん、俺、潜水士になります。
で、曽田さんのバディにしてくださいよ?
ああ、そやな嶋本。
やけど、お前のバディはもう、俺じゃない。
お前のバディは、もうお前の差し伸べた手を、しっかりと握り返してくれた、だろう?
その思いを、忘れないでいてくれ。
そして、その高みで俺を見守ってくれ。
俺はもう届かないかもしれない、その高みに手を伸ばす。
手を出すな。
ただ、そこから見守れ。
目指すのは俺の義務。
見守るのは、お前の義務や、嶋本。