143 幽霊の競い合い





運転中は携帯電話を操作しない。
それは当たり前のこと。
だけど、自宅を出発間際に届いたメールを思い出して、嶋本は思わずほくそえんだ。
『6人もひよこ抱えて大変だと思うけど、進次だったら絶対【とさか生え】まで育て上げられるよ。頑張れ』
それだけのメールだったけれど、進次は嬉しかった。
今日も一日、頑張れそうや。
少し古いけれど、B'zの曲を口ずさみながら、信号が青に変わったことを確認してから、アクセルを踏む。
少し開けた窓から、爽やかな風が入り込み、嶋本の表情は一層和らぐ。
今日もええこと、ありそうや。



だけど。
ふと気づいてしまった。
防災基地まであと少し。次の角を曲がれば、防基の駐車場というところで、まるで亡霊のようにふらつきながら進む集団を。
「うわ」
思わず声が出る。
「……なんや、あの幽霊は」
ふらりと傾げ、バランスを取るために反対側に大きく揺れる。
その動きは宵闇に柳の下に立つ幽霊そのもので。
それが6体もいれば、嶋本の気分はめっきり沈んでしまう。
「あいつら、まだやっとんたんか……」
毎年、傍からみればまったく意味のない張り合いをするのがひよこ隊だ。
各管区の精鋭だとおだて上げられて、特救隊に入隊してきて、自分たちの成長途上を見せつけられて打ちのめされて、最後に気づくのは同じように打ちのめされた、ひよこ。
まだ意地が残るうちは、必死で背伸びをする。
意地の張り合いをする。
一番多いのが、官舎から防基へのランニング。
誰が一番に到着するか。
そんな単純なことを競い合うのだけれど、だが日々の訓練で疲れきった肉体にはかなりきついはずなのだが。
「……よう続くわ」
溜息混じりに呟いて。
嶋本は窓を閉め、一旦アクセルから離した足に力を入れた。
タコメーターが動き始める。追いかけるようにスピードメーターも。
車はスピードを上げ、ウィンカーをつけて、幽霊たちの前を横切った。
幽霊たちは何が前を横切ったのか、それすら気づかない。
「いつまでも意地の張り合いなんかしてへんで、ちっと前ぐらい見えるようにならんかい」
嶋本の囁きは、幽霊と化したひよこたちには届かない。




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