145 励まし





まるで、魂が全て抜けていくような。
そんな形容詞が似合う、深く長い溜息をつきながら嶋本は日誌を閉じた。
息を吐けば、自然に首ががくりと下がる。
項垂れた嶋本に高嶺が声をかける。
「コーヒーでも飲む?」
「あ、欲しいかも……」
明日もひよこたちを朝から怒鳴りつけなくてはいけない。
だが、今日は3隊の宿直日。
まだ自分が休むまでには時間がある。
だから、明日の座学に使うテキストの確認をしておこうとテキストを開いた時、差し出されたコーヒーカップを受け取って、嶋本は誰が差し出したのか確認もせずに、受け取った。
「あ、ありがとう」
「ああ。嶋本も大変だな、宿直の時まで座学の確認か」
その声に、嶋本の背筋が伸びた。
振り返れば、高嶺だと思っていたのは就寝中のはずの真田で、高嶺は自分の分のカップを抱えて少し離れた場所で何か書類を見ている。
「寝とったんやないんですか」
「ああ、目が醒めたので。高嶺がコーヒーを淹れるというので貰ったのだ」
ということは寝なおすつもりはない、という真田の意思表示だ。
嶋本は深い溜息を吐きながら、
「寝てくださいよ」
「ん? 大丈夫だ。起床時間が30分早いだけだ」
「………さいですか」
嶋本はもう一度、幾分小さな溜息を吐いて、テキストに視線を落とす。
「すんません、明日までに目ぇ、通しておきたいんですよ」
「そうか。邪魔したな」
自分から静かに離れる気配を感じた矢先、真田の声が降ってきた。
「嶋本」
「はい?」
「無理はするなよ」
意外な言葉に、嶋本は顔を上げた。
表情に乏しい片二重の双眸が、しかし憂いを帯びて自分を見つめているのを見つけて、思わず問い返そうとした言葉は喉の奥で止まってしまった。
「真田隊長…」
「無理は、するな。休める時に休め」
はっきりとした言葉に、嶋本は黙って頷いた。
「わかり、ました……」
「ああ。無理はしないでくれよ」



あまりにも簡単な。
あまりにもまっすぐな励まし。
嶋本は去って行く真田の後姿を見やりながら思わず苦笑する。
「まったく、ホントに素直な人や」
ぎしりと鳴ったのは、嶋本の座る椅子。
嶋本はテキストに視線を落としながら、小さく呟いた。
「………ありがとうございます、隊長」




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