146 繰り返す





「今日は夜勤明けなの。だから、これから寝ようと思って……あ、でもその前に進次の声が聞きたくてね」
『なんや、仕事さぼって電話しとるんかと思うたで」
嶋本の言葉に、さとりは苦笑する。
今日は嶋本の非番だったことを思い出して、睡眠を摂ろうとする頭をブンブン振りながら、国際電話をかけたのだ。
「どう? 新人研修、うまいこといってる?」
『あかん。今年は不作、超不作。台風来る前に自滅しとるわ』
台風が何なのかはあえて聞かなかったけれど。
あまりにも素早く帰ってきた答えに、さとりは呆気にとられて、
「ねえ、ちょっとは大目にみようとか……」
さすが関西仕込みのツッコミというべきか。
国際電話のタイムラグも乗り越えて、嶋本の鋭い声が返ってくる。
『あかんもんはあかんのや。さとり、お前も分かってるやろ』
「あ〜、だからこれからの成長分を差し引いてみるとか」
『………なんでさとりが、そないにひよこどもの肩を持つのか、俺にはそっちのほうがわからんけどな』
次第に低くなる嶋本の声に、さとりは小さく溜息混じりに言った。
「………だって、こっちじゃあたしがひよこやから」
『は?』
聞こえなかったのかと、さとりが少し声を大きく言う。
「だから、あたしが新人さんなの!」
『………なんや、それ』
仕方ないのだ。
研修とは、遊びではない。
もちろんさとりがニューヨークでの研修を希望したのは、小児科救急の最前線を見たかったからだ。そしてその現場で少しでも自分の医療技術を高めたかった。
だが、現実は。
「あたりまえだけど……ここは大学病院じゃないのよね」
『……そりゃそうやろな』
雑多な人種の坩堝とはよく言ったもので、さまざまな症例、さまざまな病気、そして貧困と……保険の壁。
「こっち来て、なんだか人間の現実まで見せ付けられたって言うか……」
『さとり』
「あ〜、今ちょっと俯きっぽかったから。だから進次の声が聞きたかったの」
『そうか』
「うん」
『俺は……なんや、お前のこと、励ませばいいんか?』
「違う違う。ただ、いつもみたいに話してくれればいいのよ。ごめん……新人研修のこと聞いたあたしが間違ってた」
『かまへん。まあ……不作は不作やけどな……ユニーク言うたらユニークやな?』
言葉を選びながら、嶋本は続ける。
『消防上がりで、真田さんを追っかけてきた言うのと、言うたやろ? 問題児と。横浜の妙に大人しいのと、潜水技術はぴかいちの奴と、図体ばっかりでかい奴の5人やけどな』
「うん」
『まあどいつも、俺にどつかれても、けなされても。まあ……へこむんやけど、ちゃんと立ち直ってきて、出来もせんのに課題、しようとすんのや』
「あは」
『笑いごとやないで。あれをいっぱしのニワトリにするのは、なかなか難儀やなぁって……おい、さとり、笑いすぎや』
さとりは抑えきれずにしばらくの間笑いつづけ。
嶋本は呆れたように声を上げる。
『なんや、お前。寝不足で頭いってもうてないか?』
「かもね。でも、思い出しちゃった」
『?』
「進次がひよこやった頃、ずいぶん黒岩さんのこと、けちょんけちょんに言うてたよね。どうせ出来ないと思って、無茶苦茶言うて! 俺はあんな大魔神に負けへんで〜って」
『………う』
そういえば、そんなこともあった。
黒岩の無情とも思える仕打ちに、腹が立って腹が立って、よく夜中にさとりに電話して。
言いたいだけ言って。
心の中をすべてぶちまけて。
その間、さとりは大人しく聞いてくれていた。
そして最後に問うのだ。
まだ……頑張れる?
問われる言葉も同じなら、返す言葉も同じだった。
当たり前や!
「面白いね、歴史って繰り返すってホントなんだ」




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